土、それは魔法の要素

文:サティシュ・クマール

翻訳:浅野 綾子

我々の生死を握るのは、まさにこのひと握りの土である。鍬を入れれば我々の食べものを育み、燃料を育み、住まいを育み、その上我々の周りを美しさでとりかこむ。虐げれば、土はやせ衰えて命絶え、人間性も共に絶える。アダルヴァ・ヴェーダ(サンスクリット語経典:バラモン教の宗教文書の1つ)より

 以前、友人のマイケル・ワットが聞いてきました。「アンディー・ケイトーについて聞いたことはある?」

 ミュージシャンのアンディー・ケイトーについては、グルーヴ・アルマダで名が知られていて、耳にしたことがありましたが、マイケルが教えてくれたように、フランスで最も急進的で革新的な農家の一人でもあるとは知りませんでした。アンディーとマイケルは仲の良い友達だということがすぐにわかり、話をするうち、私たちはナロック (Naroques) と呼ばれる広さ259エーカーのアンディーの農場を訪ねることに決めました。ナロックはフランス南西部にある美しいオーシュ (Auch) の町の近くにあります。

 ケイトー一家は、美味しいワインと農場で栽培・製粉した小麦で焼いた素晴らしい味わいのサワー種のパンで私たちを歓迎してくれました。こんなに美味しいパンを食べられることなど滅多にありません。そこでどうしたらこんなに美味しいパンを作れるのか聞いてみました。

 「秘密は良質の土です。良い食べものは良い土からできるのですよ。」とアンディーは言いました。「私たちの生命は、表土と呼ぶ、地表から数インチの土に依存しているのです。ここでは土を大切にしているので、良いパンが食べられるのです。」

 「このパンの秘密は、ただ土が良いだけではないはずです。」と私は言い張りました。

 「私が栽培するのは一般的な交配種ではありません。交配種はグルテンが多量に含まれ、膨大な量の人工的な肥料と農薬を使って栽培されます。」とアンディーが秘密を明かしてくれました。「私が栽培するのはこの地域で栽培されてきた原種か、古くからある品種です。どれくらい長く栽培されてきたのか誰も知りません。数百年かもしれません。そうでなければ数千年でしょう。残念ながら、現在ほぼ絶滅しかかっています。」

 「どうやって小麦の原種を見つけることができたのですか。」とたずねました。

 「長い間探していましたが、なかなか見つかりませんでした。古くからの種子はもう市場に出ていないのです。事実、EUの規則では、古くからの品種の[種の]販売は違法です。でも私は探すのをあきらめませんでした。特に高齢の農家の方々に種の原種についてたずね続けました。ある日のこと、農業を引退した方が運営する農業機械の博物館を見学していました。その方は、自分よりも年上の友達に会いに行くようにと話してくれました。その方のお友達は30年前まで、特徴のある在来種の小麦原種でパン作りをしていたそうです。期待と興奮で胸がはちきれそうになりながら、私はその80歳になる、農家でもあり伝説的パン職人でもある方に会いにいきました。その方は、まだ種子が残っているかどうか見るため、私を自分の穀物サイロに連れていってくれました。サイロにもぐりこむと、うっすらと積もった小麦の種を見つけました。この原種がどれくらい古いものか誰もわかりませんでしたが、私は喜びでいっぱいでした。この種を家に持ち帰り、小さな区画にまきました。私が大喜びしたことに、その種は育ったのです。実はすべて種として残し、ゆっくり、でも着実に量を増やしていきました。今では完全に交配種を使わずにすんでいます。」 現在、アンディーと彼の仲間のサイモンは1日に200~300本のパンを焼き、オーシュにある彼らの店舗だけでなく、数件の学校にも届けています。

 アンディーはペンシルベニア州にあるアーミッシュ [アメリカのペンシルべニア州などに住むプロテスタント教会の一派。300年以上前にヨーロッパから移民し、現在も自給自足など移民当時の質素な暮らしを営む] のコミュニティーにひらめきを得て、トラクターやコンバイン収穫機ではなく馬の助けを借りて小麦を栽培しています。重機は土を固くし、土に悪影響を与え、土中の生物を傷つけるとアンディーは考えているのです。強くて頑健な馬がアンディーや彼の農業仲間の一員になっているのを見て、私は嬉しく思いました。

 アンディーは小麦の種まきと収穫には馬の助けを借りますが、土は耕しません。彼は牧草を作付けしており、牧草を作付けすると農場は多年草の牧草でおおわれます。多年草の牧草が生えた土は絶えず土質が改善されていき、膨大な数の有益な生きものがいきいきと育ちます。

 「土にはできるだけ手をいれませんし、掘り返すなんてもってのほかです。」とアンディー。

 土を耕したり掘り返したりせずに大量の小麦を育て、256エーカーもの土地で農業をすることができるとは、本当に信じられない思いでした。先見の明ある創始者の福岡正信氏は「自然農法 わら一本の革命」を書いてアンディーにもインスピレーションを与えていますが、お墓の中で喜び、ほほ笑んでいるにちがいありません。

 私たちが美味しくいただいたパンは、大地や土に棲む生きもの、馬、それに人間が、その生命と働きを調和させ、真に力をあわせた成果なのです。アンディーのパンの秘密は、彼が「魔法のしくみ」と呼ぶ良質の土です。土は地球上のすべての生命の源です。土を大切にすれば、土はその他すべてを引き受けてくれるのです。

 ナロックの農場は、化学肥料や農薬、または化石燃料を使用しない栽培のすばらしい一例です。そこには汚染も、ごみも、温室効果ガスの排出もありませんでした。私は世界中の多くの有機農場を訪れていますが、アンディーの栽培方法は有機農業以上です。真の自然農法であり、工場式農場経営やアグリビジネスの工業的方法から完全に解き放たれています。文明が長きにわたり生き残るとしたら、これこそはまさに健康的で、環境保護の意識ある、持続可能な食料生産のモデルになるでしょう。

 「ですが、町に住んでいるこうしたことを信じない人たちについてはどうでしょうか。」と私はアンディーに聞きました。「こんなことは全部夢物語で、こうした自然農法の類では世界の食料をまかなうことなどできやしないと言うでしょう。」

 アンディーは言います。「世界で食料が足りないということなどありません。スーパーマーケットやレストラン、さらには私たちの家にある食べものの半分は捨てられます。いま以上の食べものは必要ありません。私たちには、力強い植物で作る、栄養価が高くて身体にも良い、本当の食べものが必要なのです。本当の食べものとは、重さよりも栄養価に本質が置かれる食べものです。今あるほとんどのパンは交配種の小麦で作られ、小麦アレルギーや肥満、身体の不調の原因になります。食べものはただ量があればいいのではなく、質も大切です。食べものの質を良くするには良質の土と大地への愛情が必要です。農作業は人間の尺度をもとにつくり上げられなくてはなりません。小規模農業によって世界の70%の食料がまかなわれています。ですから、小規模農業は私たちが讃えなければならないものなのです。食べものの質を間違いのないものにするには、もっと多くの人たちが土に触れる暮らしに帰り、食べものを育てることにかかわる必要があります。」

 農場への訪問は驚きと本当にできるのだという希望に満ちあふれ、私は心から楽しみました。友人のマイケルのおかげでミュージシャンファーマーのアンディーと出会うことができました。アンディーが2つの天職をもつことができるなら、私たちもみな、他の職業とパートタイム農業を組み合わせることができるはず。そう思いませんか。

詳細はこちらへ:therealfoodfight.uk/la-ferme-a-naroques。

アンディー・ケイトーの「ゆっくり」発酵のパンはこちら。

サティシュ・クマールは「人類はどこへいくのか: ほんとうの転換のための三つのS土・魂・社会 (Soil, Soul, Society)」の著者。

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リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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