土壌の世界の秘密

ネイチャーライターのマリサ・ランドは足元の世界の生物音響学の旅のため、環境音響学の専門家、マーカス・ミーダーに会う。

翻訳・校正:馬場 汐梨・沓名 輝政

私はランチタイムに、バイエルン州ナンテスブーフ(Nantesbuch)にある芸術自然財団(Art and Nature Foundation)に到着しました。印象的なロングハウスの横に立つと、起伏に富んだ風景に目が行きました。刈られたばかりの草を回転させるトラクターのゴロゴロという音と、虫の鳴き声が混じり合っていて、平和です。私はオーストリアのアルプスに向かって南の方を見て、かつてこの場所を氷の中に飲み込んだ巨大な氷河を想像しようとしました。しかし、今日のような日には不可能に思われ、そよ風に勢いづいてみてよと口に出さずに願ってみました。

 振り返ると、音響生態学者でサウンドアーティストのマーカス・ミーダーが駐車場の向こうから近づいてきました。彼には財団の​​土地の健全性と持続可能性を環境音響によって評価する任務があり、現場のレコーダー確認に同行できるよう私を招待してくれました。長いカーキ色のズボンにすねまでのウェリントンブーツを履いて、何が待っているのだろうと思いました。私たちが電動自転車にまたがると、彼は歯切れの良いスイス英語で冗談を言いました。「ブーツもシャツも全部、汗をかきますよ」

 私たちは、丘の上から湿った牧草地、トウヒの森、やせ地、耕作地、パーマカルチャーガーデン、再野生化された草原まで疾走します。各ポイントで、電動自転車を降りては、レコーダーまで徒歩で移動します。地上の音を捉えるために使用されるセンサーは高いところに設置されていますが、他のセンサーは土の中に置かれています。そしてこれは、ミーダーと彼の同僚によって開発された、生物音響学の分野で新境地を切り開いているものです。

 「[針を] 土に突き刺します。これは、音波のアンテナのようなものです」とミーダーはそのデバイスを持ち上げながら説明します。この装置を使用して、彼は土壌生物の音響信号を測定します。サウンドスケープが複雑になればなるほど、土壌生態系の生物多様性と健全性が高いということです。

 私たちが念入りに耕起された農地沿いを歩いていると、トラクターが音を立てて通り過ぎていきます。トラクターに目を向けたまま 「これが大きな問題です」とミーダーはうなずきました。「これらの土壌は、重機などに非常に敏感なんです」

 彼がナンテスブーフの地元の人々と、持続可能でない農業の慣行についてどのように話しているのか興味があります。同じ土地で何世代にもわたって農業が続けられている場所では、農業景観についての議論は文化的景観についての議論になり、部外者が切り出すにはデリケートなトピックとなっています。ミーダーによると、適切な論調を見つけるには、まず人々の土壌に対する認識を変える必要があります。そのためには科学が芸術にならなければなりません。「少なくとも、それが私のトリックです」と彼は含み笑いをします。

 チューリッヒ郊外の公園にあるミーダーの音の鳴る土(Sounding Soil)のインスタレーションを訪れたときに、私はこの楽しげで異質な、生きている世界に完全に没入したことを思い出します。それは、スイスの地図から録音を選択できるモニターからの光しかない、真っ暗な輸送用コンテナでした。サウンドトラックが流れていたので、目を閉じて聴いてみました。

 カーカーと鳴く声?泡がぷくぷく?むしゃむしゃ食べてる?何でしょうか?私の知性で、自分が何を聞いているのかを判読するのに苦戦して不思議に感じていました。近づいてくる生き物の跳ねる音が私の心臓をドキドキさせ、私はひるみました。しばらくすると、体の周りの何もない空間が異様に感じられました。土の重さ、生き物の引っかき音、麝香の匂いの土はどこに行ったのでしょうか?一時、何人かの子供が外を走り去り、地上と地下を同時に感じ、この両方に私の身体が分かれました。私は魅了され、暗闇の中に座って、楽しげで異質な、生きている世界に浸っていました。土壌の音は、生物多様性に関する私たちの知識を高めるだけではありません。それらは、私たちのほとんどにとって、足元にある無形で知覚できない領域に声を与えています。

 自転車に乗って風景の中を数時間ぶらぶらした後、私たちはロングハウスに戻り、ミーダーの録音をいくつか聞きました。ミーダーがノートパソコンを設定している間、私は泥に浸ったブーツを外で脱ぎ落とします。私は、彼がこれまで土壌で聞いた中で最も奇妙な音は何かと尋ねました。「実は、私が作成した最初の録音です」と彼は言います。「それは5年前、スイスの山脈にありました」。彼が録音データをクリックすると、部屋は忙しい活気でいっぱいになります。しかしその後、はっきりした遠い「ブルルブルル」、一旦おさまり、「ブルルブルル」。ソファのクッションの下でこもった振動音のする電話のようです。それから数秒後、より近い、より高いピッチの「ブルルブルル」。呼び出しと応答は、地面に住む小さなセミが体を振動させ、土を会話の媒体として使用することによって行われると、ミーダーは説明します。

 しかし、土の中で聞こえるのは地下生物だけではありません。ナンテスブーフの録音から、風のささやき、雨のパチャパチャという音、鳥のさえずりが聞こえてきます。私は土を、私たち表面に縛られた生物を排除する膜として理解し始めていますが、それは水、栄養素、他の生物、そして音にも開かれています。私は地上と地下の間に挟まれたアートインスタレーションでの経験を思い出します。私は土の生きた表面に似た何かを感じていたのでしょうか?

 するとミーダーが思いがけないことをします。紛れもないジェットエンジンの甲高い音、唸り、轟音。それがスイスのアルプスで彼を通り過ぎたとき、土壌生物は話すのをやめました。彼は農業機械でも同じことを観察しました。トラクターのエンジン音が10~20分以上土壌に放出されると、土壌動物相は完全に静かになります。ミーダーによると、土壌が騒音公害に対してどれほど敏感であるか、また私たちが、いかに地下領域に影響する移動をしているかを私たちはほとんど認識していません。「私たちはいつも陶器店の象のようです」と彼は言います。

 食料生産のためだけでなく、生命に満ちた世界であるために、土壌を育てることの重要性について思考を巡らせながら、私たちの会話はとりとめのないものになります。土壌との関係を深めるには、音のような感覚体験を通じてもたらされる親密な瞬間が必要なのかもしれません。私たちの視点を変えるものは、無形のものを有形のものにし、未知のものを既知のものにします。

 私はミーダーに別れを告げ、表面が固くなった靴下と靴を集めて、ロングハウスに背を向けます。車に向かって歩いていると、足元で何が起こっているのだろうと思わずにはいられません。下の素晴らしい世界で、彼らは私の声を聞くことができるでしょうか?

 できるだけ軽く踏みしめます。

マリサ・ランド(Marissa Land)はオーストリアに拠点を置くフリーの科学・ネイチャーライター。マーカス・ミーダー(Marcus Maeder)の録音をこちらで試聴ください。http://www.soundingsoil.ch/en/listen

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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