沓名 輝政

たのしあわせ研究所所長。自給研究家。ぢきゅう人。マザーアースニューズ日本版代表。週1起業家。日本折紙協会認定講師。国際折紙講師。

記事一覧(140)

未来の先生

教育システムは環境危機の一部です。私たちは、消費主義に支配されない子供たちの自由な心を育てる必要がある、とアンソニー・エルドリッジ・ロジャーズは著します。翻訳:斉藤 孝子 環境問題の解決策を探る会話はどれも、私たちの人間としての行為、毎日の行い、すなわちどう暮らし、どう食べ、どう動き、どう消費し、どう温かく暮らし、そしてどう街を造るかに戻ってきます。エコロジー的に健全な未来への鍵は、子供たちや若者が何をどう学ぶかに在ります。つまり、彼らの周りの人々、あなたや私、メンターやロールモデルからこの世界について何をどう学ぶかです。 私は中毒症回復分野でも仕事をしてきました。依存症患者が、依存している物質や行動から自ら立ち直ろうとする時に経験する困難の中には、類似点が見られ、それらを研究しています。彼らは変化することに抵抗します。同様に、私たちも、受けてきた教育のせいで、それが目の前にある課題への健全な対応策にもかかわらず、ライフスタイルを変えることに抵抗があります。熱心な環境保護主義者でさえ、その主張を貫くこと、例えば、動物性食品の摂取を止めビーガンを支援する、あるいは不必要に旅客機に乗らないなど、なんと難しいことでしょうか。長年の習慣はなかなか変えられません。社会習慣を変えるのは更に難しいです。 しかし、そうある必要はないのです。行動抵抗(変えることが最善かつ最も論理的な行動指針だと分かっているのに、変えようとしない行動)の原因の多くは、子供時代および大人への道を見つけようとしていた若い頃に植えつけられます。 教育機関の事なかれ主義の問題は、私たちの日々の行いが健康に暮らせる環境を壊している(それはスローモーションでの危機です)と分かっているのに、本質的に過去、私たちを今ここに連れてきた過去のままでいることです。教育システムは富の発達の産物です。私たちが過去 2 世紀にわたって恩恵を受けてきた富は、天然資源や人的資源を持続不可能に搾取してきた上に築かれました。そこから生まれた教育システムですから、そのやり方に合わせていたし、今でも大部分がそのままです。教育システムは、ここ数十年、消費社会のすさまじい席巻とその社会状況を支えることに、また残念ながらいわゆる知識人や株主、企業の強欲に縛られてきました。 教育システムそれ自体が異なるパラダイムに根ざし、明日の問題解決に力を入れている種々の関心事と共に在るのでない限り、今私たちが必要だと思っている世界を、子供や若者たちが作り出すような影響を持つことはないでしょう。 私たちが問うべきは、教育や教えられ方が、必要な時に自らの行いを変え易くするのか、それとも難しくするのかという質問です。 世界の教育制度は、私たち皆が直面している事柄と別のところに存るはずがありません。私たちは問題の一部になっていることに責任を取らなければならないのです。 どのように教え、また若者たちにどう学んで欲しいかという点で、私たちは危機に直面しています。それは子育ての問題でもあります。子供のためにする教育上の選択について、親は実際どれ程理解しているか、つまりそれが私たち皆の利益になる選択なのかを自問する必要があります。 驚くことに、教育機関の大部分は、20 年後の世界は 10 年前とほぼ同じであるかのように教えています。これに基づいた決定は、幼稚園、小学校、その先へと押し込まれるすべての 5 歳児にとって迷惑千万です。子供時代を本質的に奪われたこれらの子供たちの多くが、信じ難い競争圧力に直面し、その結果、うつ病や不安など精神衛生上の問題を頻繁に発症します。更に悪いことには、自動化と緊縮化の襲来で急速に変化したり消えつつある時代遅れのカリキュラムを彼らは教わるのです。 未来を、願わくば私たち皆が確実に生き残り繁栄する別の未来を望むのなら、子供たちを教育システムの最悪の局面から救い、子供たちが直面する脅威に対し反動的に解決しようとする動きを押しとどめねばなりません。 私たちは過去へでなく、未来へ早急に進まねばなりません。教育達成度を測る、統計、SATS [米国の大学進学適性試験]、テストや試験崇拝等、従来のやり方に異を唱える勇気が必要です。 今の形での消費主義に隷従しない自由な心、自然界と健やかに繋がり、変化を恐れず、自分の前途に胸躍らせ、不安に苛まれない心を、子供たちの中にどう育てるかに関心を持たねばなりません。最も重要なことは、エコロジカルな変化が啓発されているにもかかわらず、それを妨げている経済階級の中で恐れずに役割を担える若いリーダーを育成することです。 ですから、未来をより良いものにするために私たちの努力が投入できる領域があるとすれば、それは、産業革命初期に作られ、私たちを現在の環境危機へと導いた教育システムの抑圧から、子供や若者を解放することです。 私たちの多くが失ったものを育てなければなりません。つまり私がグリーンマインドと呼んでいるものです。技術革新に喜び、その恩恵を受けながらも、土から萌え出る草に素足をしっかりおろして地球とつながる心です。 これは喫緊の問題なのです、というのも変化の速度が速く、私が 25 年前想像したより速いからです。 変化に抵抗する時間はもうありません。未来の子供たちは、それに抵抗する教師や大人を許さず、最後には私たちを排除するでしょう。 次の 5 つに従うなら、私たちは教師、教育者、保護者として、子供たちの頭と心の解放に向けて動き出せます。 まず、尊重と情緒的知性に焦点を当てましょう。それは管理薬としての承認に特徴づけられる恐怖に基づく熾烈な競争や威圧、トップに入り損ねたことに対する罰としての不承認とは真逆に在ります。 第二に、協力は私たち人類が成功した最高の進化戦略です。子供や若者とあらゆるレベル、あらゆる年齢層で協力することに焦点を当てましょう。学習を高める中でどの声も同等に聞き入れます。 第三に、自然界での遊びを奨めて保護しましょう。地球をよく知らなければ、地球への深い理解はあり得ません。つまり我が家をよく知らないのと同じです。子供たちには、足先に草を感じ、風や雨を顔に感じ、花のかぐわしい香りを嗅ぎ、鳥のさえずり、虫の鳴き声や羽ばたきが聞こえることが必要です。子供たちは自然界で遊ばねばなりません。 第四に、学習過程を管理することはできるだけ控えましょう。安全と実用に必要なことは指導します。それ以外は、何を、いつ、どのように、誰と一緒に学びたいのか、本人たちに任せます。その興味や情熱を高め追求できるよう、その自主性に任せます。 最後に、これも重要なことですが、指導は今述べた自主性が発達するにつれ、ファシリテーション(「facilitate」という言葉はたやすくするの意)へと変容する必要があります。 これら 5 つを実行するなら、私たちは多くのことができ、教師、親、メンター、年長者としての仕事が新しい方法で生き生きとしたものになるでしょう。今日そして明日の子供たちは、世の中で直面しなければならない課題について、問題が拡大する中ほぼ座視するだけだった世代にでなく、私たちの中に、大人たちが結束するさまを見るでしょう。この惑星の健全で、より緑豊かな未来のために、真のパートナーシップを持つことができるのです。アンソニー・エルドリッジ・ロジャーズ (Anthony Eldridge-Rogers):社会起業家。「Jump、Fall、Fly: From Schooling to Homeschooling to Unschooling」の共著者。www.jumpfallfly.com / サーカス、演劇、独創力により、希望ある変化、幸福、環境によい行動を促すよう地域社会に働きかける社会企業、Jump Fall Fly を共同設立。www.jumpfallfly.org

未来の化石

ローナ・ホワースが時間の深い理解を探求します。翻訳:浅野 綾子「地下の世界:地質学的時間の旅 (Underland: A Deep Time Journey)」ロバート・マクファーレン (Robert Macfarlane) 著 Hamish Hamilton, 2019.ISBN: 9780241143803「地層をよく見ると、もっと簡単に、自分たちの姿をはっきりと見ることができる。それは、自分たちへの問いかけをうながすことにもなる。『私たちは良い先祖になっているだろうか』と」 この本では、古代の地層、地下世界の神話や地下墓地についてと同じくらい、「アントロポロセン (Anthropocene) 」と呼ばれる現代という時代が、後世に残すものについても語られています。息をのむほど詩的かつ残忍なほど率直な散文体で書かれ、著者は、私たちの足の下にある幾重もの層の意味と、未来の世代が明らかにすることになる今私たちが [地表に] 積み重ねているものを露わにします。サマセットのメンディップ・ディストリクトからはじまり、イギリスの鉱山や森林を通って、パリの目に見えない街 [地下墓地]、さらにはイタリアにある星が見えない川 [地下河川] に降り、それからノルウェーとグリーンランドという遠く離れた北の地域にいたる旅の中で、ロバート・マクファーレン (Robert Macfarlane) は(多くの場面で本当に勇敢に)自らの目で確かめようと暗闇へ降りていきます。マクファーレンが言うように、よく使われる「理解する (to understand) 」という動詞には、何かを完全に理解するためにその下を通り抜けるという意味が含まれています。 神話や伝説では、「[冥界へ] 下る」物語(ダンテやバージル、ペルセポネやデメテル、エウリュディケやオルフェウス、アリアドネやテセウスやミノタウロス)が何度もくり返されます。地下空間と言えば、忌み嫌うことについての長い文化的歴史がそこにあります。すべての恐怖症の中でも最もよく見られる閉所恐怖症は地下空間で引き起こされ - この本を読んでいるとそう言わざるをえません。パリ人がつくったカタコンペ [地下墓地] にある、とりわけ狭い通路を著者が横切る場面の描写では、私は全身全霊で著者を走らせて、そこから脱出して光にむかって上へあがらせようとしていました。マクファーレンは、「人間の住む世界からたった 9 メートル下に行った時ほど、この世界から遠く離れたと感じたことはまず他にない」と言いますが、読者についてもそのようなことはほとんどないでしょう。 地質学的な時間は、地下の世界の年表(世や累代 [ともに地質学的時代区分を指す])です。けれども、「闇の勢力 (dark force) 」のような現代では、地球の秘密は蝕まれ、露わにされていきます。地下の世界には、人々が恐れ、消え失せてほしいと願うもの、そしてまた人々が愛し、助けたいと願うものが、長きにわたってしまわれてきました。というのも、地下の世界は秘密を上手く隠しておける場所なのです。でもそれもアントロポロセンまでのこと。この時代では、隠されておくべきだったことが自ずから姿を現します。例えば、大西洋では、古代のメタン堆積物や炭疽菌や天然痘 [ウイルス] が永久凍土の穴を通して漏れています。アルプスやヒマラヤの氷河では、何十年も前に氷河にのみこまれた死体が出てきています。さらに、氷河の後退で、冷戦時代のミサイル基地や貯蔵された化学物質がむき出しにされています。こうして浮かび上がってきたものを見る時、私たちが目をそらすのは、目先のことしか見えない人間の行動による「侵入者の残忍な衝動に駆られる」からです。 石についての説明では、マクファーレンはその地質学的時間における移り変わりについて完璧に要約しています。「私たちは石を不活性なもの、その不変性について絶対的なものと勝手に思い込んでいる。だが、この地層の中では、石はむしろ、流動する地層の中で一時的に動きを止めた液体のように感じられる。地質学的時間の中で、石は地層のように折り重なり、溶岩のように凝固し、プレートのようにゆっくりと移動し、海岸の小石のように位置を変える。数々の累代の時をわたって、岩は吸収し、変形し、海底から山頂へと浮揚する」塩も、時とともに流動します。周辺をゆっくりと移動し、下にたわみ、形を変えます。ヨークシャーのボールビーにある塩とカリウムの鉱山では、著者は交通手段のバンのタクシーにガタガタと揺られ、北海の何マイルも下にある鉱山の掘削面に向かいます。運転手は著者に向かってにやりと笑い、こう言います。「今シーレーンを越えましたよ。上で船をあずかる船長たちは、下でこうして車を走らせているとは夢にも思わないでしょうね。」地下の世界について知られていることは、本当にわずかなのです。 マクファーレンの海中の旅で私が一番心を揺さぶられたのは、巨大なトカゲのような機械についての描写でした。その機械は、トカゲの歯のようなものでカリウム層をかき、削り取った岩を後部で待機しているホッパーに下ろします。あとに残された至るところに伸びるトンネルを見て、著者はシロアリの塚を思い出します。使用期限をひとたび過ぎた後に、このトカゲのような機械をひき上げるのはあまりにも費用がかかるため、機械はトンネル内に残されて、流動する塩や地質学的時間の中でゆっくりと圧迫され崩されていきます。「人類は地層に一体何という痕跡を残すことになるのだろうか」マクファーレンは、未来の知的存在がこの機械を見つけて動物だと思うことを想像して、語気を強めます。彼は、慧眼をもってこう記します。「もしかしたら、とりわけこのアントロポロセンの時代は、私たちに地質学的時間という単位で将来について考え、何を後世に残すのかじっくりと考えさせているのかもしれない。今私たちがつくっている風景は、やがて地層へと沈み込み、地下の世界になるのだから」 この書評で触れるのは、この人の心を惹きつけてやまない本の中身と洞察の表面にすぎません。森林の「木の世界のインターネット (wood-wide-web) 」や菌根菌のコミュニティについて知ったことで、私の木に対する見方は後戻り不可能なほど変わりましたし、庭づくりの仕方も当然変わるでしょう。また、マクファーレンが、溶けた氷河の水がつくった縦に走る氷穴「氷河甌穴 (moulin)」のアイスブルーに降りる場面は、読んでいてもはや面白いとは言えないくらいでした。自分がまるで彼になったかのように激しく緊張したのです。とはいえ、結局この「地下の世界」の本が読者に授けてくれるのは、地質学的時間への気づきです。その気づきで、上手くいけば、「幾百千万年の過去から、来るべき幾百千万年の未来へと伸びている、神からの贈りものや過去から受け継いだものや後に残されたものが織り込まれた一枚の織物、人間はその織物の一部なのだと読者が理解するのを助け、後に続く数々の『代』や生き物に私たちが何を残すのか、読了後も読者に考え続けさせる」本なのかと思われます。ローナ・ ホワース (Lorna Howarth) は「Panacea Books」の編集長でノースデボンのハートランドに住んでいる。

大地はいのち

サティシュ・クマールがトランシルヴァニアで働く 2 人の農民に心を動かされます。翻訳:浅野 綾子アルニシュは、トランシルヴァニアのアプセニ山地の麓にある丘陵地帯に抱かれた、ルーマニア人とハンガリー人の住む小さな村。おとぎ話のような森と実り豊かな農地に囲まれた、果樹とくるみの木が生える、小さな憩いの地です。村と西欧の境となる山地では、今でも、クマやオオカミやオオヤマネコが広大に広がる自然保護区を歩き回ります。東側にあるなだらかに波打つ丘陵地では、小さな自作農家が何世紀にもわたり農耕をおこなってきました。ロビンとラース・ベラート (Robyn and Lars Veraart) が2012年に「プロヴィジョン(Provision:糧食)」を築いたのはこの地でした。 今日でも、家族全員が一緒に農作業を行い、干草を集め、自給農業を構成する様々な要素を受け継ぐ姿が見られます。そのおかげでアルニシュは、プロヴィジョンに訪れる人たちがトランシルヴァニアの見事な自然の情景を味わい、さらにはその伝統的な暮らしを見て体験できる素晴らしい場所になっています。 ラースはホリステイックで自然な医療に関心があるオランダ人の獣医です。ラースは、カルパティア山脈の小規模農家を対象にして、民族獣医学の調査を行っています。現代の薬学と医薬品が世に出る前に、こうした農家が家畜をどのように手当てしたのかを知ることが目的です。調査をする中でラースは、小さな家族農家に豊かさや美しさを見出し、引きつけられました。ラースは獣医として西欧の大規模な工業型農場で働いていましたが、その違いは天と地ほどの差がありました。彼はこう言いました。「ルーマニアのこうした農家のつくりには、ただただ感心しました。小さな農家には 1 軒残らず平均して5分の1ヘクタールの面積があり、屋根裏部屋と地下貯蔵室、納屋と離れ、果樹と家庭菜園のスペースがあります。全部の農家に屋外トイレと井戸がつくられています。入会地は、今でも村民が管理することが多いです。自然は美しく、きれいな空気や水が満ち、土には微生物が豊富にすみ、多様な生き物がいる。こうしたことにも魅力を感じました。いまでも活気のある小さな農家のコミュニティに落ち着いて、その豊かな知識を学んで吸収し、村のコミュニティの中に入り込みたいと思いました。トランシルヴァニアは、ヨーロッパで今でもこうしたことができる場所なのです。小さな農家の知識を『つかまえて』、実践したいと思いました。」 「近所の人たちから学んで 2、3 年が経ち、この知識がとても貴重だということに気づいて、こうした情報が欲しいと熱心に探し回っている他の人たちにも伝えたいと思いました。たくさんいることは知っていたのです。地元の村の人たちが行っていることは価値のあることだという事実を、村の人たちにもっと気づいてもらう助けになりたいとも思いました。それで『プロヴィジョン』を作ったのです。自給生活のための小さな、私的な学校です。この学校を通して、小さな農家の知識と知恵の輝きが広がり、未来のフードシステムに貢献できるかもしれません。」 「ロビンは、自分の家系にこの地域出身の系統が 1 つあることを知っていました。ですから彼女は、この場所にいることで時を隔てた自分の先祖と再びつながっていると感じています。先祖は深い知識と、ひらめきと力の源なのです。」 ロビンはアメリカのコロラド州にあるナロッパ大学 (Naropa Institute) で音楽と心理学を学んだ後、大規模な女性刑務所でカウンセラーとして働きました。そこでロビンは、多くの収容者のためにヨガと瞑想の場を提供していました。彼女は学問と仕事の両方を通じて、数多くの様々な人たちやシステムからインスピレーションを得てきています。ロビンとラースは仕事から長期休暇をとり、その間を利用して、一緒に長旅へ出ました。世界中のエコビレッジやインテンショナル・コミュニティ [意図的につくられたコミュニティ] を見るのが目的でした。この旅はロビンとラースにとって大きなインスピレーションになりました。長旅の間に、様々な生活を経験し、彼ら自身に必要なことを吟味でき、すべてのものが繋がりあうあり方についても考えを深めることができたのです。 「2人ともジョン・セイモア (John Seymour) やヘレン&スコット・ニアリング (Helen and Scott Nearing) の本を読んでいました」とロビン。「ティク・ナット・ハン (Thich Nhat Hanh) やペマ・チョドロン (Pema Chödrön) の作法にならって瞑想もしていました。ヘレナ・ ノーバーグ=ホッジやアンドリュー・ハーベイ (Andrew Harvey) も読んでいました。それから、ラ・ボリ・ノブル (La Borie Noble) を訪れました。マハトマ・ガンディーの弟子であるランザ・デル・ヴァスト (Lanza del Vasto) がアーク・コミュニティ (Arche community) を創設した、南フランスにある場所です。この場所が 1 番インスピレーションを受けた場所でした。2 人とも大好きな音楽やダンス、あこがれていた高い精神性、自分たちが納得できる自発的な清貧生活や食料生産、こうしたことについて私たちが探していたものがそこにはあったのです。」 ラースは「大地を身近に感じる暮らしをすることで、いのちの基礎となる要素(土、水、空気、火)と再びつながれる可能性が生まれます。また、生活に基本的に必要な食べものや衣服、住まいを生み出すことに直接関われる可能性についても同じです」と言います。「循環経済として農場で自分たちの食べものを育てたり、そこでの生活に取り組んだりすることによって、はり巡らされたいのちの網に自分たち自身が編みこまれます。時が経つにつれて、自分たちがこのいのちの網につながっていることを一層深く気づくようになりました。自分たちの行動と、それが環境にもたらす影響の関係が、もっともっとはっきりと見えるのです。土や水、空気、火、そして食べものとのつながりを持つとき、私たちは自分の内面や自分たちを取り巻くコミュニティと直接つながります。私たちにとって、自己の内面と、自分たちを取り巻くコミュニティを切り離すことはできません。私たちの生き方は、自己の内側と外側の世界を1つにすること (integrity) です。思いと言動を一致させることを進むべき道として生きるのです。土を手入れしながら、有機栽培で自分たちの食べものを育てることは、私たちにとって重要なことです。自分たちの存在、互いの存在のかかわりあいに関係するすべての物事に手をかけるべく、力が及ぶことなら何でもします。これは私たちにとって精神性を高める修行なのです。プロヴィジョンでは食べものに力を入れています。国際社会に向けた現在の食料生産のあり方は、人間性に対する最大の共有課題の 1 つだと私たちは考えています。自分たちの食べものを育てるという行動は、今の時代における『ガンディーの糸紡ぎ』だと思います。」 プロヴィジョンは、自然、土、食べもの、人の内面、そしてコミュニティを再びつなぐ場所です。そこでは教えの焦点を、アグロエコロジーや非暴力や創造的芸術、またそれらの周辺事項に置いています。その目的は訪れる人たちを触発することです。そうすれば、訪れた人たちが教えをさらに自分自身の生活や仕事に持ち込んで、人や地球をもっと健康な状態にできるかもしれないからです。 ロビンは続けました。「この場が目指すつながりの回復を求め、自分の知恵や技術を分かち合うことに意欲的で、非暴力を実践する小さな自作農地という生きた手本からインスピレーションを得ようと望んでいる学生、活動参加希望者、教師、ツーリスト、ボランティアを歓迎します。ここではあらゆるコースやワークショップ、講座、会合、つどい、楽しいイベントを用意しています。4月から10月にかけてはボランティアを受け入れています。場所が限られているので、心の内側と外側の世界を融合する作業をいとわない人たちに限りたいと思っています。」 大地と調和して巧みに生き、そうすることで心に平和をうみだす技。私の心を動かしてならないのは、この生きた手本なのです。詳細は www.provisiontransylvania.com へ。サティシュ・クマールの新著「Elegant Simplicity」は New Society Publishers から出版されています。

食べられる森

ジョー・セント・クレアは新しい草の根のプロジェクトを発見しました。翻訳:馬場 汐梨農場で、新しい草の根のイニシアチブの種が蒔かれています。小さな区画を、持続可能で自己調整するエコシステムへと変えるためのシンプルなアイデアです。そのエコシステムは、栄養に満ち、健康でオーガニックの食べ物を地域のコミュニティに提供し、またそのコミュニティが共に孤立に対抗し、仲間関係や所属の価値を醸し出します。そう、これは効果があるのです。 食べられる森プロジェクトは、小さな新しく作られた組織で、コミュニティが食べられる森を植えるのを手助けするために設立されました。しかしただ地域のコミュニティに食べ物を育てることだけではありません。食べ物と野生生物の住処をも与えてくれます。つまりそれは全員にとってウィンウィンな状況なのです。 そのアイデアはブリストルを本拠としている建設的保全のスペシャリスト、トリスタン・フェイス (Tristan Faith) によって考えられたものです。彼はその構想を紙にスケッチして私に彼のビジョンをシェアしてくれました。「土壌を働かせすぎたり使い果たしたりするよりも、自然が自ら補充するように自然と協力するというアイデアなんです」と彼は説明します。「要は、多層の自己調整するエコシステムです。まず木を植えて林冠層を作ります。それは果物の木の中間層の陰になり、その中間層は代わりに低木層と根菜層から下層土までの陰となります。それぞれの層は異なる種の住処となり、自然の捕食者が昆虫をコントロールすることができます。システムが安定して果物やナッツ、野菜、ハーブなどを生産するまでに5年ほどかかります。一旦そのレベルまで成熟すれば、自立するようになっているのでそれ以上の介入は不要です」 フェイスのビジョンは、そのプロジェクトの基準に適した一区画を親切にも寄付してくれた協力的な農家に出会うまでは概念的なアイデアでした。サマセットのシェプトン・マレットに近いその土地は、長年牧草地としてたくさん使われていました。今はそこに食べられる森が開発され、地域の野生生物にとって完璧な家を与える、オーガニックで生物多様な自然な住処を作っています。食べられる森はまた、林地を作ることで二酸化炭素を取り込んで土壌を再生し、流出を食い止めて侵食を安定させる自然空間を作り出すことで、気候変動、大気汚染、土壌や水の汚染の影響を軽減するのに役立っています。一旦自然の季節のサイクルが引き継がれれば殺虫剤も肥料も必要なく、肥沃な土壌によってオーガニックの果物や野菜が育ちます。これらの商品は地域のコミュニティで寄付によって買われ、これが更なる拡大の資金になります。 食べられる森を作ることは、自立の手法で繁栄させようとすると、たくさんの注意深い計画を必要とします。現代の食料生産の技術は大量の廃棄物を生み出すと同時に土壌の栄養素を損なう傾向にあります。ですので、このプロジェクトでは「閉じた循環」システムという手段で廃棄物を最小限にすることに注力しています。最小限の廃棄で小さなエリアで、最高品質の、完全にオーガニックの食べ物がたくさん生産できるように計算されていたのです。余った生産物は土壌をさらに豊かにするために、自然に再利用されます。 このプロジェクトには別の重要な目標があります。現代社会の大部分が自然環境との繋がりを失っています。この認識から、プロジェクトは今、SAFE Collective という、傷つきやすい虐待された若者と連携する組織に参加しました。ボランティアがティーンエイジャーをシェプトン・マレットに連れて行って、木や作物を植えさせ、安全で刺激的で、自然な環境で持続可能な農業や食料生産について学ばせます。傷つきやすい若者をこのような活動に引き合わせることで、彼らが自信をつける助けとなり、彼らがコミュニティの中でどれだけ価値を持っているかを示します。詳しくは www.thefoodforestproject.org へ。ジョー・セント・クレア (Joe St Clair) はイギリスの世界持続可能フォーラムの取締役社長です。

非暴力の心からの反逆

スキーナ・ラソアは愛は世界で最も戦略的な力であると書いています。 翻訳:沓名 輝政 一つのムーブメントとしての「絶滅への反逆 (Extinction Rebellion)」は、地球とそのすべての素晴らしき生命の必要性を求める愛の具体化された実践として、非暴力の市民的不服従の力を用いています。ガンディーとマーティン・ルーサーキングの業績、そしてマーシャル・ローゼンバーグの非暴力コミュニケーションや平和的コミュニケーションは「絶滅への反逆」を発展させる基準点です。 現代の政治、宗教的な教義、そして文化全般が、非常に暴力的な言葉を生み出してきました。私たちは、私たちの価値観と調和して行動しない人々の側に、誤ちや悪意があるという道徳的判断にとらわれています。「他者」の行動を分類し、その原因を判断することに私たちの注意を集中するのは、非難し、恥じるためであり、私たちが失ったものは、自分の感情、正直さと誠実さをもってお互いに対応する必要性ならびに能力です。このようにして世界にいるということで、断絶、不快感、分離、無力感といった結果として生じる感情に対処し得るために、私たちの心の周りに要塞を作り出しました。本質的に、私たちは絶え間なく内外の対立をしており、日々微暴力の下で苦しんでいます。 戦争の言葉がどのようにして「平和的」社会活動を支配しているのか、私たちはほとんど気づいていません。私たちの駆け出しのムーブメントの中の苦闘と脆弱性を私に告白させてください。時に私たちは共同作業とは「味方」を作り上げることだと説明してきましたが、それから私たちの真実を探ることを通して私たちは、実際には親戚を作り上げ、私たちの関係を受け入れるように、全人類の家族を織り直す必要性を発見したのです。私たちの条件付き分離という言葉の根底は、化学物質が私たちの土壌と水を汚染しているのと同じくらい深いです。 「絶滅への反逆」の戦略に従って、「オヴァートンの窓 [容認が可能な範囲]」をシフトさせると、現在の機能不全パラダイム(暴力的な言葉で囲まれている)もシフトしようとします。なぜなら、現実には自然、精神、社会の間に細分化がないからです。それらは一つの統合された全体です。通常の政治的対話をシフトせずして自然界に対する私たちの価値体系を変えることはできません。また、精神的および道徳的対話をシフトすることなく政治的対話を変えることはできません。そうすれば、もはや私たちは善と悪の仲裁人として行動することはできず、代わりに私たちを分けるすべての間で平和の形成者になります。 今日の「絶滅への反逆」の内外で、夜明けのコーラスのように美しく明確に感じるのは、内外のプロセスとしての非暴力的な言葉や思いやりのあるコミュニケーションの能力を育成することで、人々の心への扉を開く関係を築けたということです。心の例としては、私たちの 11 日間の大衆抗議の間の警察官の心があります。これだけでなく、また私たちが解放したのは、個人的で集合的な好奇心、想像力と創造性、それゆえの望みでした。ジョアンナ・メイシー (Joanna Macy) が 「グレート・ターニング (The Great Turning)」と説明するものへの移行にふさわしい言葉を共創するという望みです。 目撃者として、あるいは逮捕者として、私たちは言葉と行為の両面で「絶滅への反逆」の非暴力的な市民的不服従の経験によって変わります。変革の最先端と、これが必要とする非暴力的な言葉が目に見えています。 その良い例が「心の線」の説明です。ロンドンの私たちの拠点での不服従の淵に立つ人々の列は最前線ではありませんでした。彼らは一体となった心 — 私たちの心の線 — でした。私たちがチョコレートのイースターエッグと花を手にしてジェレミー・コルビン [イギリス労働党党首] の柵にへばりついたとき、私たちは「占拠」や「愛の爆撃」ではなく、愛のシャワーを降り注いでいました。私たちが人々をムーブメントに引き入れ、直接行動をとる反対者として訓練するとき、言うこと為すことすべてにおいて、非暴力的コミュニケーションの価値、原則、実践について学ぶのです。 合わせて、私たちは非暴力のより包括的な言葉で探求し導いています。不服従のためにこの言葉をさらに構築するには、この言葉を話そうとする勇気が湧く所からの心の知性の存在が必要です。転換点、パラダイムシフト、完全な転換に伴い、非暴力的な言葉を徹底的に使うことです。 この文明の崩壊の淵にいると嘆く今、変革の淵に到達したと私たちの喜びを讃えることもできます。私たちは新旧のパラダイムの間の深淵に立ち、橋を築き始めました。今日「絶滅への反逆」は、私たちの親戚と共に、橋渡し役として行動する許可を得ています。非暴力的な言葉を不可欠な道具とすることで、私たちは自分たちの相互関係性の実現を速め、私たちが愛するもの、私たちを愛して持続させるものを保護し育てる本能の記憶を加速させるのです。スキーナ・ファインボウ=ラソア (Skeena Finebaum-Rathor) は「絶滅への反逆」のビジョンコーディネーターであり、労働評議員です。 

農業の導き手

翻訳:沓名 輝政読者の皆さんがリサージェンス & エコロジストの今号を開く頃、他にも開くものがあります — キングサリ属の花、ヤグルマギク属のピンクの花、草地(メドウ)の野草、そしてその他の花が自然な草地で咲き誇る。これらを楽しむのに最適な時期は7月6日、英国のナショナル・メドウズ・デイ (National Meadows Day) で、瞬く間に消えゆくこの生態系を体験するイベントが英国中で計画されています。 野生の花の草地は賛美すべき本当に感嘆できるものです。菌類からヘビ、コウモリ、鳥に至るまで、幅広い野生生物の住処を提供することにより、農業がいかに生きている惑星に利益をもたらし得るかという例となっています。しかしながら、第二次世界大戦以来、穀物を栽培するために広大な草原が耕作されてきました。そして今日、英国はおよそ 40 年前の低地草原の 3% しかありません。生物種が豊富な草原は、炭素貯蔵や洪水を防ぐ保水などの利点をもたらしますが、英国の草地の 2% のみ、生物種が豊富であると分類されています。政府が気候変動の緊急事態を宣言し、国連の報告書が数 10 年以内にさらに多くの生物種が絶滅する可能性があると警告しているので、農業の役割はかつてないほど注視されています。しかし、私たちが一緒に取り組めば、物事をより良い方向に変えることができます。以降のページで例をいくつか探ります。 ゼンビ・マッチ (Thembi Mutch) は、タンザニアのバナナの将来、そしてそれに頼っている人の数を調べ、エド・デイヴィー (Ed Davey) は中国の食事の選択が他の国々にどのような影響を与えるかを探ります。 イギリスでは、ハリー・バートン (Harry Barton) は、イギリスの欧州連合からの離脱が、自然や農業に恩恵をもたらす適切な政策を実行する機会をどのように提供できるかを掘り下げます。 政治的意思は、アイルランドの元大統領であるメアリー・ロビンソン (Mary Robinson) のインタビューの中心でもあります。 彼女は、学校のストライキに油を注ぐ情熱とエネルギーを称賛し、「私たちは若い人たちの情熱に耳を傾け、そこから学び、行動を求める彼らの叫びを満たす方法が実際にあることを彼らに示す必要があります」と彼女は言います。 私たちの倫理的生活のコーナーで、アンナ・ターンズ (Anna Turns) が実業家ジィーティー・スィン=ワトソン(Geetie Singh-Watson) と出会い、彼女の環境活動と美味しいガストロパブの食事の作り方を知ります。芸術の面で私たちが分かったことは、野生の花の草地は賑やかな生態系であるだけでなく、 芸術家のジェシカ・アルバーン (Jessica Albarn) には、インスピレーションの源だということです。 農業や食生活についての意見は十人十色でしょうが、環境危機によって私たちの口から食べ物が奪われる恐れがあるため、分裂したり名指しで非難したりしている暇はありません。ソイル・アソシエーション (Soil Association) の政策責任者であるガレス・モーガン (Gareth Morgan) が最近の記事で引用したように、「農家は、解決策の一部と見なされるべきであり、気候に優しい農業解決策へ移行する支援を受けなければならない」のです。マリアン・ブラウン編集者

なぜ暮らしをシンプルにすべきなのか

マーク・タリーはサティシュ・クマールの近著を楽しんでいます。翻訳:フリッツ 郁美「シンプルに優雅に:良く暮らす方法 (Elegant Simplicity: The Art of Living Well)」サティシュ・クマール著 New Society Publishers, 2019ISBN:9780865719101サティシュクマールの新しい書籍「シンプルに優雅に:良く暮らす方法 (Elegant Simplicity: The Art of Living Well)」は叡智に溢れるものです。単純さは容易さと一致し、単純なと言えば容易なを意味できます。それでもサティッシュは単純さの追求が、最も深く、最も内側のレベルで暮らすための鍵であると主張します。 これは難しいことです。なぜなら、1 つは、私たちの所有物と富を合理的な快適さまで減らし、手に入れたい欲求と戦うことが伴うからです。今日の消費者社会が刺激している欲求です。 私たちはサティッシュの言葉で学ばなければなりません:「所有物を最小化し、快適さを最大化することには本質的な優雅さがあります」。それはあなたが必要としているものより多くの所有物を得ることは洗練されておらず、快適さのためにはならないということです。 それがもっと明白だったとすれば、それが学ぶのにより簡単なレッスンであったとすれば、私たちがどれほど違った世界に住んでいたことでしょうか。 サティシュの解釈する単純さとは、私たち自身を不必要な物の所有から解放することによって生活を雑然としないようにすることを遥かに超えたものです。彼は言います「精神的なレベルで、感情や人間関係のレベルで、家、服、そして食物のレベルで — あらゆるレベルで — 私たちは尋ねなければならない、どうすれば人生をシンプルにできるのか?」 私たちは自身の考えや心に尋ねなければならない、と彼は主張し、そして彼は名声、そして権力への野心が私たちの心をいかに複雑にするかを説明します。 これらの野心は今日のセレブ文化によって促進されています。 サティシュの引用しているバガヴァッド・ギーターでは「成果を望まずに行動するべきだ」と教えています。 そのように行動することを厭わないということは、私たちができることや、すべきことをやめさせる身動きできないような失敗への恐怖と、私たちよりも成功した人々の卑劣な嫉妬を避けることです。 私が「確実性の不確実性」と呼ぶテーマは、この本の中にあります。 サティッシュは言います。「スピリチュアルな探求者は常に旅をし、巡礼をして、真実と悟りを求めています。 『答えを見つけた』と言えるような場などないのです。」言い換えれば、私たちが固執している信念や考え、概念、教義で、私たちの心が詰まってはいけません。経験をもってそれらを調整することを拒んだり、疑問を抱いて、それが唯一の答えではないと認めることを拒んだりして詰まってはいけないのです。 不確実性を受け入れるには謙虚さ、あなたが間違っているかもしれなと認める謙虚さが必要です。 サティシュによると、 「単純さは謙虚さにつながります。 謙虚さは、正しい関係、正しいコミュニケーション、正しい理解、正しい評価につながります。」 彼は科学者とスピリチュアルな探求者たちが互いを必要としていることを理解するために謙虚で寛大であることを呼びかけます。 科学者たちは科学がすべての答えを知っているという印象を与えることが多く、スピリチュアルな探求者は彼らに物申す何かが科学にあることを否定します。 シンプルに生きることは、私たちの個人的な生活や自分たちの関係性の問題にとどまりません。 私たちは社会や自然との関係について気遣わなければなりません。 それを明確にするために、サティッシュは今世紀のための新しい三位一体を提案しました:土、魂、社会。 土は私たちに自然への依存を思い出させます。 これは私たちが20世紀(サティシュは経済の世紀と呼びます)に忘れていたものです。 魂は私たちが気にかけなければならない私たちの精神的健康の象徴です。 それから私たちの関心事は私たちが住んでいる社会に広げられなければなりません。サティシュは言っています、「人間規模の社会はスピリチュアルな急務です。」 サティシュの本は、最高の意味で適切にシンプルです。 フリッチョフ・カプラ (Fritjof Capra) が序文で述べているように、同著はエレガントなシンプルさで書かれており、サティシュに多大な影響を与えた E.F.シューマッハの有名な著書の題名を借りると、「当惑する人のためのシンプルなガイド (A Guide for the Perplexed)」となっています。これは、この、当惑の時代に必要なガイドです。マーク・タリー (Mark Tully) は、元 BBC India の特派員であり、「India:the Road Ahead」の著者。

波が教えてくれること

アンナ・ターンズが Tide School の創設者と対談 翻訳:浅野 綾子 ウィリアム・トムソンが潮を見ながら歩きはじめた時、デボン南部バンタムにうちよせる波が大きな音をあげて砕けました。バーフ島を見わたしながら、トムソンは数々の砂堆 [波浪や沿岸流によって運ばれた砂礫(されき)が 堆積してできた地形] と海に流れ込むエイボン川が、どのように離岸流[海岸に打ち寄せた波が沖に戻ろうとする時に発生する強い流れ。離岸流による海の事故は多いと言われる]や海流の複雑な構造を作り出すのに関わるかを説明します。王立地理学会の会員、地図のデザインも手がけ、「The Book of Tides(仮題:潮の本)」と「The World of Tides(仮題:潮の世界)」の著者でもあるトムソン。完璧にこの風景を読み解いて、この海岸線の地形が自然の力とどのように相互作用するかについて簡単な言葉で見事に表現します。そしてしゃがみ込んで砂の上に線を引き、浜の輪郭を描きながら、寄せてくる波がブレイクする[崩れる]のは水深が波の高さの半分になるところだけで起こる、だから大きな波は浜から離れたところでブレイクするのだと言いました。 今年の夏、トムソンは電動キャンピングカーでイギリスの海岸線をまわり、自身の新しいタイド・スクール(Tide School:潮の学校)の活動として潮ウォークを開催する予定です。若く、好奇心旺盛なサーファーのトムソンは、周囲の状況と潮の働き方を理解すれば、もっと正確に波を読み、不必要なリスクを冒さずにサーフィンができると気づきました。「波がブレイクしていない場所を選んで海に入る方々もいるかもしれませんが、そこは周囲と比べて最も深く、離岸流が最も強い場所です。オリンピックの水泳選手でも離岸流にまともにぶつかって泳ぎ切ることはできません。離岸流に対しては垂直に泳いで流れの外へ出るしかないのです。」 ケントにある自宅近くで救命ボートの乗組員をしていた頃、潮の力学の知識が全くないために起こる事故の多さにトムソンは衝撃を受けました。「皆さんに雲を読んだり、波を判断したりできるようになってほしいと思います。そうすれば、周囲の自然探検を存分に楽しめますし、ワクワクするような冒険に出発することもできますから。安全に、自然の力に対する理解を持った上で、です。」トムソンはそう言いながらドライバッグ [防水機能のある袋] から青ロープを取り出しました。トムソンが一方の端を持ち、私がもう一方を持ちました。トムソンがさっとロープを振ると、ロープは交互に山になり谷になり波をうって動きます。「これがどのように波が動くかです。ロープをつたわって動くのはエネルギーで、ロープそれ自体ではありません。ですから、外洋のうねりはエネルギーが移動するにつれて上がったり下がったりします。海水が波となって動くのは浅瀬に来た時だけなのです。」 トムソンは続けて潮の流れがまさに同じように動くことを説明します。「満潮がランズ・エンドからドーバーまでの海峡に沿ってつたわるには 6 時間かかります。潮流の大きな 3 つの起伏 [満潮と干潮] がイギリス中を回ります。満潮の 1 サイクルは 12 時間。そして、ある地点を満潮の最上昇点が通過する時間は、月の満ち欠けと直接の関係があります。ですから満月の時、満潮はウィックとアバディーンでは真夜中で、ドーバーでは真昼だとわかるのです。」 ある地域の潮の流れは遥かに大きな仕組みの一部にすぎません。「すべてが繋がりあっていること、潮汐波 [海水の潮汐現象を,波として扱うとき潮汐波という。満潮が波の山,干潮が波の谷] には国境がないことを思うと勇気づけられます。潮汐波は地政学などものともしないのです。地球規模で見ると、潮の流れは、月からの引力と地球の傾きの影響を受けた、無潮 [潮汐による海面の昇降が起こらないこと] の仕組みの中で波のように動きます。」 トムソンは色のついたゴルフボールを使い(白が月、青が地球、黄色が太陽)、月の満ち欠けが日々の潮の流れにどのように影響するかを説明します。3 つのボール全部が満月または新月に一列に並ぶ時、重なり合った引力が「大潮 (spring tide) 」を引き起こし、海流は普段よりも速くなり、満潮の海面は普段よりも高く、干潮の海面は普段よりも低くなります。 さらに歩いてハム [バンタムの住宅地] に上がり、トムソンはエイボン川の川床を見下ろしながら海流についてさらに話を進めます。砂の上にもう1つ絵を描きながら、「地域レベルで海水の流れを理解するには、風を理解しなければなりません。」と言います。「日中、陸地は温められ、空気は上昇して陸地の方へと流れます。でも、陸地は海水よりも早く温まり、冷えるのも早い。ですから夜でも海には熱が残り、弱風が逆向きに海に向かって流れます。地球レベルでも全く同じことがおこります。これが、赤道近くでハリケーンが起こる理由なのです。」 トムソンが長けているのは、科学をビジュアル化して、実際に役立つ、意味のある形で表現することです。気候変動についての考察も目を見張るような構成です。トムソンがキャンピングカーで次の潮ウォークの場所に向かう時、潮流と波のエネルギーを利用しながら次の場所へと旅します。いつの日かイギリスのエネルギーが完全に再生エネルギーになると強く信じながら。tidalcompass.com アンナ・ターンズ (Anna Turns) はフリーランスのジャーナリストで、持続可能性と海洋問題を専門とする。www.environmentaljournalist.co.uk

上手に教えるため、互いに学ばねばならない

サティシュ・クマールは教育の改善について書かれた本を楽しんでいます。ニーラ・ハンダ (Neera Handa) 著「国際化を通じた持続可能性の教育:国境を越える知識の交流と地球市民 (Education for Sustainability through Internationalisation: Transnational Knowledge Exchange and Global Citizenship)」(パルグレイブ・ピボット社 2018年 ISBN:9781137502971)文:サティシュ・クマール翻訳:馬場 汐梨オーストラリアの西シドニー大学の特別研究員であるニーラ・ハンダが、ホリスティック教育に関するとてもタイムリーな本を書きました。タイトルは長いですが、その本の主題についてよい説明をしています。この本は、地球市民教育と民主主義についてのパルグレイブ・スタディーズシリーズの一部です。 もし私たちが平和で持続可能な新しい世界秩序を作りたければ、まず教育から始めなければなりません。現在の教育システムは、現代の物質主義や経済成長パラダイムに沿わせるように若い人々を育てます。私たちの学校や大学は、人生のためよりも仕事のために若者を教育しているのです。このパラダイムの中では、人間の精神は何の役割も果たしません。ニーラ・ハンダはこのような教育システムはもう時代遅れだと指摘します。 現在の人々の苦境や地球の不安定な状態の中で、この世界では私たちの教育についての考えをアップデートすることが求められています。私たちは自然環境の持続可能性や文化の多様性を豊かにするために、教えることと学ぶことを国際化する必要があります。東洋は西洋に学び、西洋は東洋に学ぶべきです。世界観を育て、狭い国益を突破しなければなりません。もし私たちが学ぶ過程でそのように広い視野を持っていれば、地球市民の素晴らしい理想を発展させることができるでしょう。 著者は古代と現代のインド文化からたくさんの発想を得て、古来の知恵やスピリチュアリティが私たちの時代にもかなり妥当だと示しています。彼女はインドでの革新的な実験のよい例をたくさんあげ、人間と自然や、さまざまな人間の文化と文化のより調和のとれた関係を樹立するのを助けるホリスティックな考え方への道を表しています。彼女は、確固としたエシカルな基礎がある場合に限り、私たちは健全な社会および環境の仕組みを構築できると示しています。 この本は豊富な記載や引用、実践的なアイデアが書かれています。これらは教師や大学研究員、教育研究者の役に立つでしょう。サティシュ・クマールはシューマッハー・カレッジの共同設立者です。

ただ医者の指示のまま

ジェームズ・シマンキェヴィチが、人々を自然へと近づける狙いの活動「ナチュラリー・ヘルシー」について執筆。翻訳:浅野 綾子社会として、私たちは自然界と断絶してきました。私たちは自然を、本質的に自分が属するものというより、中流階級のライフスタイルに付加するもののように見ています。どういうわけか、死んだ惑星では健康も幸福もないことを私たちは忘れています。このことは、自然環境の破壊的な絶滅に対する集団的無関心につながっています。私たちは世界は大きすぎて資源を使い切ることはできないと考えています。実際、私たちの全体の経済モデルは無限の成長というおとぎ話を保ち続けるために、自然をもっとお金に変えることを前提にしています。 イギリスでは毎年、成人人口の4人に1人が精神的な問題を抱え、25年以上に渡って鬱や不安を感じる10代は70%増え、そして成人の62%と2歳から15歳の子どもの32%は過体重です。あらゆる物質的な富に関わらず、私たちが幸せでないことは明らかです。 最近の健康管理に対する医学的なアプローチには限界があります。実証された病気や不健康に対する最先端の治療介入に私たちのほとんどの資源を投資しています。どんな状態にも投薬や治療介入が期待できると社会に言い聞かせてきました。食生活や運動、ライフスタイルの変化の指示を受け入れることに、患者や医者のためらいがあります。それらの価値はますます認められているのですが。 この記事の検討事項からは外れますが、何が習慣の変化に影響をもたらすかについての大規模な研究がなされています。成功させるためには、全ての治療介入は私たちの価値観を取り上げるべきだと私は思います。幼少期から、教育システムはゆっくりと物質的な豊かさを実現することに重きを置く個人を作り出します。長い時間を室内で過ごし、子どもたちはますます自分たちが食べる食物や飲む水、呼吸する空気の起源から遠ざかっています。 私たちの子どもたちはより多くの時間を外より画面の前で過ごします。健康にはよくないという証拠があるにも関わらず、1日4時間から6時間というのが10代では最近の標準的な状況となっています。ナチュラリー・ヘルシーのアプローチでは、子どもたちと環境の健康と幸福のために、子どもたちが自然界と関わりを持たせるのに資源を費やすでしょう。活発に外で学ぶことに時間を過ごすことで、彼らは世界での自分たちの場所を理解することができるでしょう。そのことが彼らの身体的、精神的な健康を改善し、自然の価値を理解する手助けとなるでしょう。 このことを国家のカリキュラムに組み込み、学生の間を通じて発展するナチュラリー・ヘルシーなシラバスを作るのが合理的ではないでしょうか?間違ってはいけません:このことが学業の課題を損なうことにはなりません。実は、幸せで健康な子どもはよりよく学ぶことが証明されています。 ナチュラリー・ヘルシーはただの共通感覚です。この原則を国家の教育方針に正式に記載すべきです。地域での履行は地域の環境に依存します。1日1マイル歩くことだったり、1日の林間学校だったり、またはウェーブ・プロジェクト (The Wave Project) でサーフィンすることだったりするかもしれません。子どもたちが自然界を学び、自然界に関わり、そしてその価値を見出すということが仕様です。ただし、それは根付いて、着実で、基礎教育に行き渡っている必要があります。 成人人口に対しては、私たちの戦略的な健康アプローチを再検討する必要があります。成人が自然界と関わり直すような治療介入は身体的、精神的健康に利益をもたらしますし、予防にもセラピーにもなるように設計することもできます。的を絞った自然ベースの治療介入は、鬱、不安、孤独、慢性疾患といった範囲の対応において、また認知症を遅らせることにおいて、効能と費用効率が実証されています。さらに、副作用はありません! 治療介入は健康のためのウォーキングぐらいシンプルにも、コーステアリングぐらいアクティブにも、ナショナル・トラストでボランティアをするぐらい参加型にもできます。万能なアプローチはありません。フィードバックによると、参加者たちは地域の一員になることや、新しいスキルを身につけること、活動レベルを上げること、そして自然界とつながり直すことに価値を見出しているようです。 重要なのは、これらのプロジェクトの多くは効能や費用効率を評価することがとても明確なので、それらをどのように記述するかについては慎重になる必要があります。「付加するもの」とか「緑の処方箋」などとして書くべきではなく、最先端のベストな実践方法として書くべきです。そうすれば適切に依頼されるようになります。 ではなぜ、証拠が明確なのに国家レベルでは認められていないのでしょうか。実は認められています。政府の25か年環境計画の3章で、環境と健康と幸福の関係について認められているのです。そのビジョンは、人々が緑化スペースを使って健康と幸福を改善することや、町や都市を緑化すること、そして子どもたちが学校の内外で自然との距離を縮めるのを促すことです。ヘルスケアの理事の取り組みは広がっており、保健省の関心も高まっていますが、未だ公式な認識には至っていません。やがては明確で一貫性のあるメッセージが進展することを望んでいます。 私たちのコミュニティを自然界とつなぎ直すことは健康と幸福を改善する変化のアプローチだと思います。健康団体と環境保護団体の間に働くパートナーシップは、長期的な戦略的ビジョンを発展させ、健康人口と健康的な環境をもたらすことができます。私たちは病人やコミュニティ、そして子どもたちが行動することに責任があります。そうですよね?ナチュラリー・ヘルシーの5月は、私たちが外に出たくなるイベントの月です。詳しい情報は www.naturaldevon.org.uk/naturallyhealthymonth/ をご覧ください。ジェームズ・シマンキェヴィチは総合診療医であり、ナチェラル・デヴォン (Natural Devon ) の議長でもあります。@Drjamesszy

エコサイド法を整備する

オリバー・ティッケルが運動家で法廷弁護士のポーリー・ヒギンズと対談。翻訳:浅野 綾子 環境運動家へと活動を広げた法廷弁護士のポーリー・ヒギンズ (Polly Higgins) は、使命をあたえられた女性。ヒギンズ氏を批判できないのは、大風呂敷を広げていないことです。ヒギンズ氏の目標はシンプルです。それは、エコサイド(生態系、空気、水と風土に対する大規模な破壊行為)という新たな国際犯罪法を作りだすこと。民族の大規模殺戮であるジェノサイドに対する現行の国際法と類似するものです。 その法制化の兆しをヒギンズ氏もどこかで感じているでしょう。2018年12月にカトビツェで行われた第24回国連気候変動枠組条約締約国会議において、バヌアツとモルディブ諸島は、気候変動が小さな島嶼国家にとって存在を脅かす脅威となっていることを表明し、バヌアツの外務大臣であるラルフ・レゲンバヌ大臣は、「国際犯罪としてのエコサイドという法制度に対する支持を高める」ことで、国際ローマ規程 (Rome Statute) におけるエコサイド規定の議論を提起すると誓いました。国際ローマ規程は国際刑事裁判所 (ICC) の基盤です。 アメリカの激しい反発がありながらも、他の国々の支持は固いように思われます。2018年9月、トランプ大統領の国家安全保障問題顧問であるタカ派のジョン・ボルトン氏は、ワシントンでの演説で、制定が見込まれるエコサイド法を公然と非難し、その目的は「アメリカの政策立案者や民主的社会のその他の人間に対する脅迫だ」と警告しました。ヒギンズ氏が指摘するように、「アメリカは加盟国ではありませんから [アメリカは国際刑事裁判所の設立を目的とした「国際刑事裁判所に関するローマ規程」に未加盟]、国際刑事裁判所において何らの地位もありません。ですから、ボルトン氏の発言には何の重みもなく、脅かしにすぎません。」 ボルトン氏の発言に何か意味があるとすれば、間違いなくエコサイド法にはボルトン氏により代表される経済秩序にとって脅威となる側面があるということです。ボルトン氏によって代表される経済秩序は、自然界の大規模破壊を前提としているのです。 国際ローマ規程の下では、ある国によって新しい国際法の法案がいったん提出されると、国際刑事裁判所の加盟国の8分の7の支持を一度でも得られれば法律として成立します。ヒギンズ氏によれば、国連加盟国の支持は強力だと言います。とすれば、ほとんどが秘かに支持しているということなのでしょう(少なくとも今のところは)。ヒギンズ氏と同氏の住まいがあるグロスターシャー州のストラウドの町で会った時、気候変動や海面上昇に対する国の自己防御の一環としてエコサイド法を必要とする、発展途上の小さな島嶼国家の大臣たちと会うために、ヒギンズ氏はハーグに向かうところでした。ヒギンズ氏は、2019年は結果として分岐点の年になるかもしれないと言います。 それにしても、正確にはなぜエコサイド法が必要なのでしょうか。というのも、気候変動に関するパリ協定や、海洋法に関する国際連合条約 (UNCLOS) のような国際環境法や条約が、すでに多数存在しているのです。ヒギンズ氏は、「実際のところ、こうした条約はすべて国家間における民法なのです。」と説明します。「ある国が他国と条約義務違反をめぐって争いになれば、自己の費用で裁判所に申し立て、正義を求めなければなりません。法を執行する人は誰もおらず、違約金は多くの場合少額。訴訟は純粋に国家間の争いですから、個人として責任を問われる者は誰一人いません。」 「例えばフラッキング [天然ガス、シェールガスを効率的に採掘するため岩盤を破砕する水圧破砕] のケース。2017年、ノースダコタ州からモンタナ州北部にかけて車で長い距離を走り、水圧破砕された大地とコミュニティを見てきました。それはまるで地獄の中へと車を走らせるようでした。広大な大地が今や首振りドンキー(ポンプのようなもの [首振りのロータリー・リグ])で崩され、炎、パイプライン、数々の通路にトレーラーハウス…。空気は化学物質と燃やされる産出物で鼻をつくような匂いがしました。口の中にその味がします。昼夜を徹して燃え上がる炎。この世のものとは思えませんでした。こうして水圧破砕されたコミュニティには、今、フラッキングを行った企業に対して民事訴訟を提起する余地があるかもしれません。でも、企業のフラッキング行為自体を止めることはできません。訴訟を起こすには大変な費用がかかります。支払われるお金があるとしても、それはいつも雀の涙、ずっと後になってからです。さらには、1円も支払わないうちに企業が破産してしまうこともあるかもしれないのです。しかも、訴訟の間中ずっと、事業は通常通り行われます。 ですから民事訴訟は環境破壊行為に対するには向きません。これが「法の不備」として知られることです。明らかに必要とされながら存在しない法律です。法の不備があるところに不正義があります。イギリス政府が経済的支援を行いロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの窮状を救いましたが、その後に行われた会合で記者会見があり、最高責任者に対して「なぜアサバスカ [カナダ] のタールサンド [通常の原油採取では採収できない重質油を含む砂あるいは砂岩] の開発に融資するのですか。」との質問がありました。最高責任者はただ笑って、「犯罪じゃありませんよ!」と答えたのです。このようなことは変えなければなりません。上官の責任を問わなければなりません。風土環境や自然をまったく意に介さず、意図的に虚偽の情報まで流すことについて、高級官吏や最高責任者や国家元首や大臣や取締役の責任を問わなければなりません。民法から一歩進めて、フラッキングを犯罪にしなければならないのです。」 エコサイド法というアイデアをヒギンズ氏が思いついたのは、2009年にコペンハーゲンで行われた気候サミットのサイドイベントの時でした。ヒギンズ氏がスピーチを行った後、聴衆の1人が大規模な生態系破壊を食い止める何かが必要だと発言しました。「気がついてみると、たしかにジェノサイドへの対抗策はあってもエコサイドについてはないなと考えている自分がいました。それが始まりです。3ヶ月かけて法の基本原則を見直した後、国連の法についての委員会に提案書を提出しました。甘かったのは、私は委員会で何かしてくれるだろうと思っていたのです。でも、取り上げられることすらなかった。その時、ガーディアンがどこからか私の提案について聞き、記事を書いてほしいと頼んできました。そうしたところ、記事が出た最初の1週間で自分たちのウェブサイトに28,000ものアクセスがあったのです。時として、時が来れば考えが大々的に取り上げられることもあるのです。」 ヒギンズ氏とそのチームは、今活動している環境活動家を支援しています。「フラッキングのようなエコサイド行為から地球を守る活動をして逮捕を覚悟している多くの人がおり、そうした良心的保護活動家 (conscientious protector) のネットワークを築こうと自分たちのミッション・ライフフォース (Mission Lifeforce) のサイトを立ち上げました。 良心的保護活動家は戦時の良心的兵役拒否者のような人たちです。政府が守らない社会を、大きな観点から守ろうとしているのです。多数の良心的兵役拒否者が刑務所に送られた結果として良心的兵役拒否の原則が確立されました。良心的兵役拒否は今、ヨーロッパ人権条約第9条、世界人権宣言第18条により認められています。これは、重大な犯罪を阻止しようとして法を破ったために刑事裁判を受ける際、拠りどころとなる万人に共通の権利です。」 全体の活動はいまだにわずかな資金でまかなわれていますが、ヒギンズ氏は一度もくじけたことがありません。「もちろん、資金は多いに越したことはありません。でも、ほとんど資金がない中で成し遂げてきたことを見てください。私たちは大部分で(全部ではないにしても)、事をなすにはお金が必須だという考えから脱してきたのです。活動はすべてプロボノで行われており、こうした献身は累積して何百万ポンドもの価値があります。でも、困難はもちろんあります。活動目標は政治的ですから、イギリスの法律では私たちの活動は慈善事業として登録できないのです。これにより、トラスト [財産・金銭の委託を受け、慈善事業などを行う団体] や基金の多くが寄付できないということになります。」 さて、2019年はすべてに変化が起こる年になるでしょうか。「進展を見守ってください。毎年国際刑事裁判所の会議があり、ある年はニューヨーク、またある年はハーグ。2019年に次の会議が開かれるのはハーグです。そこで何とかして大きな評価を得ることができれば、軌道に乗ることができます。」オリバー・ティッケル (Oliver Tickell) は、報告書「国際法と海洋プラスチック汚染: 法を犯す者に責任を課すこと (International Law and Marine Plastic Pollution: Holding Offenders Accountable)」の執筆者。このインタビューが行われてから、ポーリー・ヒギンズは全身にがんが転移していると診断され、悲しむべきことに2019年4月21日に亡くなった。死の直前にヒギンズ氏は、「ここで私が死ぬとしても、私のリーガルチームは屈することなく活動を続けるでしょう。でも、将来について切ないほど心を痛め、無力感を感じている人がたくさんいるのです。私は見たい。この人たちが、この1つのシンプルな法律に地球を守る力があるのだとわかり始めるのを見たい。地球を守ることはできる、まぎれもなく可能なのだと気づくのを見たい。できることなら生きて、大勢の地球の守り人がこの法律を支持するのをこの目で確かめたい。地球の守り人は支持する、私はそう信じているのです。」と語った。

その道が目的地

翻訳:馬場 汐梨日が長くなり、私の植木鉢から緑の茎が巻き上がり、いくつかのいいニュースとともに夏が始まろうとしています。5月1日から、スコットランドのビーバーがヨーロッパの保護種として法的保護を受けることになりました。私たちはこの社会性のある出っ歯の齧歯類から学ぶことがたくさんあります。運河を掘ってダムを作るビーバーは、「自然の生態系エンジニア」として知られ、ミズトガリネズミからトンボに至るまで、他の種の為にもなるように、一緒に働いて彼らの環境を変化させます。ビーバーのダムが生み出す湿地帯の生息域は、水を汚す原因となる下流の洪水や沈泥を減らす手助けをしています。自分たちの必要から環境に適応する彼らの能力は人間に次ぐと説明されてきましたが、理想的な住居を作るという目的を達成する中で、彼らは周りの自然界を高めています。私たち人間はビーバーのようにもっとできるはずです。 今回のリサージェンス&エコロジスト誌では、私たちが作りたい世界に注目する代わりに、その世界を作るために辿る道筋を見つめます。よりよい未来への取り組みは私たちを互いに近づけると、絶滅への反逆 (Extinction Rebellion) の政策チームのメンバーであるモチュアー・ラーマン (Mothiur Rahman) は述べています。他人と腕を組み、知らない人の生活のために捕まるリスクを冒して、私たちは新自由主義の利己的な形式を崩壊させるのです。 時には一歩下がって、私たちが自分自身に課してきた構造が私たちの大望の実現を助けているのか妨げているのかを考える必要があります。インタビューでは、自然主義者のクリス・パッカム (Chris Packham) が彼の野生へのマニフェストの目的が保護運動や機敏な変化においてどのように「拳を振るう」かを語ります。 私たちが辿る道筋は力を与えてくれ、変化を与えてくれるものです。「正しいボタンを押す (Pressing the Right Buttons)」の中でPL・ヘンダーソン (PL Henderson) は、1981年の平和のための女性の行進における彼女と人々の経験について書いています。それは、「普通の女性たちの希望、恐怖、友情と行動主義の活気ある舞台」を提供した出来事でした。 世界の環境危機に立ち向かうことは圧倒的で破滅的だと感じてしまうかもしれませんが、サティシュ・クマールは彼の定例のコラムで歓迎のアドバイスをしています。「行動主義は旅であって目的地ではありません。気高い行動を通して私たち、活動家は、変わっていくのです。他の誰かが変わる変わらないに関わらず、私たちは変わるのです。それそのものがとても価値のあることです。だから、落胆から喜びに向かって動きましょう!」 次に任務を始めるとき、私はこの言葉を胸に留めておこうと思います。マリアン・ブラウン編集者