沓名 輝政

たのしあわせ研究所所長。自給研究家。ぢきゅう人。マザーアースニューズ日本版代表。週1起業家。日本折紙協会認定講師。国際折紙講師。

記事一覧(125)

優雅でシンプルな暮らし

あふれる物が暮らしを壊しつつある今の時代。でも、いたってシンプルに解決できるとサティシュ・クマールは言います。翻訳:浅野 綾子新しい本を書きました。「Elegant Simplicity (仮題:シンプルに暮らす。優雅に暮らす。)」という題です。この本を書いたのは、シンプルに暮らすことで現代が抱える問題のほとんどを解決できるからです。シンプルに暮らすことは、持続可能性、精神性、そして社会の調和に不可欠なのです。 持続可能性の問題からはじめましょう。大量消費をすることで、家も生活も職場も物であふれかえります。洋服ダンスには着ない洋服が詰まっています。靴にジャンパーにジャケット、次から次へと出てきます。キッチンの食器棚には、いつか使うかもしれないとしまってあるほとんど出番のない食器が並んでいます。でも、いつかの日が来ることは滅多にありません。机の上も同じこと。日ごとに紙やファイルや本が山積みになり、机の上に散らかります。物を買ってはためこむことが日常になってしまいました。屋根裏を、寝室を、地下室を見てください。どこもかしこも物また物です こうした物はすべて、その原料を地球上のどこからか、自然界のどこからか採ってこなくてはなりません。大量搾取、大量生産、大量販売に大量消費は、大量のごみと大規模な汚染をもたらしています。持続可能性について真剣に考えるなら、不要な物を買う習慣を家でも職場でも改めなければなりません。そして少ない物で上手に暮らす技術を学ばなければなりません。 この地球上の70億人の人たちが、私たち欧米人のように物を買い、使い、さらには捨て、そして自然を汚すとしたら、地球が3つあっても足りないかもしれません。でも、地球は3つもありません。1つしかないのです。ですから、シンプルに生活し、地球に与える影響を小さくすることが、持続可能性における喫緊の課題なのです。 買い集める物の多くは、中国かバングラデシュで安く作られています。こうした物は安いだけでなく、見た目が悪いとまで言えなくても美しくないことがほとんどです。買うとすぐに飽きてしまう。それで捨てることになるので、複数あるごみ埋立地も満杯になってしまうのです。シンプルな生活は、優雅で美しくなければなりません。何を持つにしても、美しく、実用的で、長持ちするという3拍子が揃わなければなりません。私はこれを、優雅でシンプルな暮らしの「BUD (beautiful, useful and durable)」原則と呼んでいます。シェーカー教徒はこの原則のすばらしいお手本です。母はよく言いました。「物は少ない方がいい。でも、持つなら美しいものにしなさい。そうすれば大切にするし、使うにしても着るにしても気分の良いものだから」。この伝統的な知恵はあたりまえの感覚ですが、悲しいことにこのあたりまえの感覚は、もはやあたりまえではなくなってしまいました。ですから、このことについて本を書かなくてはならないのです。 シンプルな暮らしは精神性を高く保つにも不可欠です。心の健康には、自分自身に寄り添う時間が必要です。そうした時間があれば、瞑想をしたり、ヨガや太極拳をしたり、精神性を向上させる詩や本を読んだりして、心の安らぎを得られるのです。便利な機器や財産となるものを手に入れようとすれば、お金を稼ぐのに一生懸命働かなくてはなりません。お金ができたら、あちらこちらと時間をかけて見て回り買い物をしなければならない。買ってしまえば、買ってきたものを手間ひまかけて手入れしなければならない。そうなると、自分のための時間がないと不満が口をついて出るようになるのです。心の健康を保つための時間、詩を読んだり書いたりして想像の世界に浸る時間、絵を描いたりガーデニングをする時間、音楽や散歩をする時間がないと。散らかった家に住めば心の中も散らかります。シンプルに暮らせばお金があまりいらなくなり、それほど働かなくてもよくなります。自分の時間をつらい仕事、退屈な日々の仕事でがんじがらめにしなくてよくなるのです。そうなれば、心を満たすことに時間をかけられるようになります。芸術的な活動や想像の翼を広げることができるようになります。そうなればこそ、友人や大切な人たちと共に過ごす時間も場所もつくれるようになるのです。これは美しきパラドックス。物を少なくすることで、これ以上ない心の充足感が得られるのです。 シンプルに暮らすことは社会正義にも不可欠です。少ない人たちが物を持ち過ぎれば、他の人たちの分が足りません。ですから私たちはシンプルに暮らす必要があり、そうすれば他の人たちもシンプルに暮らすことができるのです。買い集める不要品にはぜいたく品と言われるものもあります。家を2軒も3軒も、車を2台も3台も、パソコンも2台も3台も。つまり、すべてにおいて「もっと、もっと」なのです。さらに高価なものを欲しがる人たちもいます。プライベートヨット、プライベートジェット等々。こうした不平等は正義に反し、嫉妬や社会的軋轢を生み出します。こうした高価なものを持っている人を2、3人知っていますが、その人たちがとても幸せかというと、はるかに質素に暮らしている人たちと変わりません。幸せは物を持つことではありません。幸せは心が満たされることなのです。足るを知れば、いつも「これで十分」です。逆に、足るを知ることを知らないと、どれほど多くの物を持っても、十分にはならないのです。 私がシンプルな暮らしと言うのは、貧しい暮らしのことではありません。修行僧のような暮らしでも、苦しみに耐える暮らしでもありません。私も快適な暮らしが大切だと思っています。美しいものに心惹かれますし、アートや手作りの工芸品が好きです。満ち足りた暮らしが大切だとも思います。愉快なことが好きなので、楽しいイベントには足を運びたくなります。ですから、「シンプルな暮らし」に「優雅で」と付け足したのです。シンプルな暮らしは優雅です。優雅でなければなりません。すべての人には快適で楽しい暮らしが必要で、皆がそうした暮らしをすべきです。でも今の時代、私たちの生活は複雑になり、もはや快適ではありません。便利さを追うあまり、私たちは快適さを犠牲にしつつあります。便利さの追求が、私たちに道を誤らせています。富に恵まれたなら自分だけのためと言わず、みんなのために使えば良いではありませんか。この地球と地球上のすべての人々のために。 シンプルに暮らすには、よく考えること、よく理解すること、そして身体も心も今この瞬間を生きることが必要です。E.F.シューマッハーは、どのような愚か者でも物事を複雑にすることができるが、物事をシンプルにするのは天才にしかできないと言いました。誰の心にも生まれたときから天才が住んでいます。私たちがしなければならないことはただ1つ。心を澄まして自分の中にいる天才を見つけ、暮らしを十二分に楽しみ、シンプルに暮らすことです。サティシュ・クマールの「Elegant Simplicity」は2019年春、ニューソサイエティパブリッシャーズ (New Society Publishers) から出版される。サティシュ・クマールによる「Elegant Simplicity」の出版講演は、2019年5月23日午後6時30分からロンドンにあるオクトーバー・ギャラリー (October Gallery, 24 Old Gloucester St, Bloomsbury, London WC1N 3AL) にて行われる予定。

再生的未来を目指す活動に参加しよう

再生は大地だけでなく人々をも涵養します。翻訳:斉藤 孝子 私たちは物質世界に住んでおり、その大部分は使い捨てです。実際、活動グループ、サーキュラーエコノミー(Circular Economy)によると、毎年、世界経済に投入される何十億トンもの材料のうちリサイクルされるのはわずか9%です。弊誌読者様は敏感に察知なさるように、気候変動を引き起こしているのは天然資源へのこの凄まじい需要です。しかし、これから脱する方法があります、循環です。 リーサージェンス&エコロジスト今号は、再生をテーマに探ります。つまり自然によって気づかされたシステムですが、そこでは廃棄物が新たな成長の源になるのです。 基調記事でハーバート・ジラルデ (Herbert Girardet)が述べているように、再生技術の開発こそが、我々の時代の体系的な危機、すなわち気候変動、河川の汚染、プラスチック汚染に対処できる唯一の道です。もし経済システムが繁栄するものであるのなら、それは自然のように、つまり再生するように機能するはずです。 エコロジスト編集者のブレンダン・モンタギュー(Brendan Montague) 生態学者による特集記事では、循環型経済とそのシステムの実例を、免疫機能を強くする砂場から製紙工場汚泥の可能性まで見て​​いきます。「循環型経済は、製品を最高の価値で、できるだけ長期に循環させる」とアリ・ムーア (Ali Moore) は述べており、それはブレグジット後の製造業者、小売業者、消費者に、より安定した環境を提供できるアプローチです。 私たちの死後には、私たちと自然との関係性を変える動きすらあります。倫理的生活の^ページで、キャサリン・アーリー (Catherine Early) は天然埋葬が増加している傾向を探り、人体組成組換法の開発をしているカトリーナ・スペイド (Katrina Spade) と会談します。「森林では、有機物が成長し分解し、そして全ての新しい生命の主成分となります。そのサイクルは非常に完璧です。死者から土壌を作り出せるなんて、なんと見事なことでしょう。」とスペードは語ります。 スコットランド北部で有機農場を経営しているローレル・フォアマン (Laurel Foreman) は、再生は土地だけでなく人々をも涵養すると語ります。4分の1が自然保護区である彼の農場は、来てくれる人々の働きに頼っていますが、そのお返しに、その人々は自由と癒しの感覚をもらいます。「それが循環の廻り方です」とフォアマンは言います。 芸術のページでは、写真家のスーザン・ダージ (Susan Derges) により、このつながる感覚が映し出されています。水の一生を辿るその作品は、再び自然とつながりたいと切望する気持ちをしっかり捉えています。 私の記事では、デイビッド・アッテンボロー (David Attenborough) のダボス会議でのスピーチ、「エデンの園はもはや無い」を見出しにしました。私たちは自然を根こそぎ変えつつあります。人々は、危険に晒されてるものが何なのかを真に理解することが必要で、そうすれば、企業や政府が「実用的な解決策に着手するのを早めることができます。同会議でのグレタ・トゥンベルさん16歳のスピーチは、おそらくもっと辛辣な警告でした。「私が毎日感じている恐れを、皆さんに感じてほしいのです、そして行動してほしいのです。」 サーキュラーエコノミー(循環型経済)は2019年の報告書に、1.5℃の世界は循環型でしかあり得ないと記しています。地球温暖化に対して、私たちはその均衡を崩すことができます。そのためには、活動に加わり、再生的未来を目指さなければなりません。 最後に、グレッグ・ニール (Greg Neale) のThe Resurgence Trust 編集長辞任が決まりましたことをお伝え致します。彼の今後の活躍を祈念します。マリアン・ブラウン編集者

パン作りは酵母におまかせ

文:サティシュ・クマール翻訳:浅野 綾子フランス南西部のナロック農場をおとずれたサティシュ。アンディー・ケイトーが革新的な栽培方法で小麦の古代品種を栽培・収穫する姿に感動します。この記事では、そのミュージシャンファーマーのアンディーが美味しいパンのレシピを教えてくれます。イーストではなくルヴァン種 [自然界に存在する野生酵母を培養したパン種] を使ってパン作りをすると、でき上がりが全然違います。本当に消化の良い、小麦の香りを最大限に活かしたパンを作るには、この方法が唯一の方法なのです。ルヴァン種(発酵種)をめぐっては込み入った話が山ほどありますが、ここで使用するルヴァン種のタイプは同量の小麦粉と水を混ぜるだけです。 ここでは1kgのパン2個(成型と切り込みを入れるパンが2個作れます)の作り方をご紹介しましょう。1. 水200gと、石臼で挽いたT80の小麦粉(強力粉またはグルテン含有量の多いパン用小麦粉)と全粒粉を半々で混ぜたもの200gを混ぜあわせます [T80のTは小麦粉の種類という意味。T横の数字は小麦のミネラル量の違いを表す]。2、3日、室温に置きます。それから、半分の量を捨て、粉と水を混ぜたもの同量を代わりに足します。2.半分の量を捨て、代わりに粉と水を混ぜたもの同量を足すこの作業を10日間くらい毎日続け、ルヴァン種を安定させます。パン作りに使いたい時は、パン生地に混ぜる前、通常約4~6時間前に、半分の量を捨てて残りのものに粉と水[混ぜ合わせたもの]を足します。(2、3日使わないという時は、冷蔵庫で保存します)。3.25℃(ぬるめ)の水を770g用意して、ルヴァン種11.5gを加えます(これは印刷ミスではありません。通常のレシピで目にする量よりとても少ない量ですが、これにより長時間かけてゆっくり発酵する、消化に大変良いパンを作ることができます)。4.T80タイプの古代小麦の粉1,010gを加えます。ジョン・レッツ (John Letts) のLammas Fayre flourのような小麦粉、または地元産の石臼で挽いた新鮮な小麦粉(できる限り新鮮なものが望ましい)を加えましょう[ジョン・レッツは、イギリスの古代小麦の農家、古代小麦をつかった小麦粉生産者、パン職人、麦わら屋根ふき指導者、植物考古学者。Lammas Fayre flourはジョン・レッツが生産する古代小麦粉ブランド]。5. ライ麦粉55g、ヒトツブコムギ粉 (small spelt) 36g、全粒粉36g(ここでも、できれば石臼で挽いた古代小麦の種類を使いましょう。なければ、手に入る一番良いものを使ってください)を加えます。ライ麦粉、ヒトツブコムギ粉、または全粒粉が見つからなければ、お使いのT80タイプの小麦粉を同量加えましょう。パンの香りや食感は、この小麦の種類がすべてそろった方が格段に良くなります。6. 小麦粉と水を手で混ぜ合わせ、混ざったら手を止めます。7. 塩27gとさらに水57gを加えます。8. 塩がなじむまで、さらに手で混ぜます。必要以上に混ぜないようにしましょう。ねらいは、パン生地にはできる限り触れないで、ルヴァン種に働いてもらうことです。9. パン生地を布などで包み、涼しい場所に置きます。できるだけ18℃に近い場所を見つけましょう。10. 1時間ほど置いたら生地をこねます。インターネットを見るとパン生地のこね方の動画がたくさん投稿されています。生地をこねる目的は生地を伸ばして強くすると同時に、温かいまたは冷えた部分をしっかりと均一にならすことです。11. 約1時間後、再びこねます。時間の余裕を見ながら、1~2時間置きに3~5回こねてもよいでしょう。さらにこねればパン生地にもう少しコシを出したり、発酵の均一具合に若干の差を出すことができるでしょう。さらにこねることができなくても、美味しいパンになることには間違いありません。12. 生地を寝かせます。15~18時間後、発酵させるための置き場所がいつもより温かいのか冷えるのか、また、パンにどの程度のコクを出したいのかによって最後にもう1度やさしくこね、調理台の上に生地をあけます。手に粉をまぶし、または生地がくっつきやすければ手を水でぬらして、生地を1kgのパン生地2個に切り分けます。13. パンを好みの形に成型します。1つは粉をふったザル(または粉をまぶした布きんを中にひいたボウル)にブール(丸いパン生地)をつくり、もう1つはブリキのパン型を使うことがおすすめです。ブリキ型を使ったパン生地なら、成型が上手くいかなくても確実にパンの形に焼き上がりますよ。14. ブールの成形のしかたや、ブリキ型で焼くパンの成形のしかたについても、インターネットに動画がたくさんあります。必ず、できる限り軽いタッチで生地をあつかう動画を見つけてください。ガス抜きのために生地をたたく成形技術があります。このレシピではガス抜きは不要です。発酵によって出てきたガスには、閉じ込めておきたい香りがつまっています。ですから、できる限りやさしく生地を扱ってください。15. パンが成形できたら冷蔵庫に入れます。発酵が止まる温度になるまで、生地の発酵は少しの間続きます。3~4時間経てば焼く準備完了です。お好みで、これよりも長く冷蔵庫に置くこともできます。一晩置いても大丈夫です。生地を冷やすことで、ザルから取り出して切り込みを入れるのがずっと簡単になります。 オーブンを最高温度まであたためます。少なくとも250℃は欲しいところです。ザルにいれたパン生地には、キャセロール皿を使いましょう。キャセロール皿をオーブンに入れて余熱します。オーブンがあたたまったら、やけどしないように注意しながらキャセロール皿を取り出します。キャセロール皿は本当に熱くなるんですよ!ザルの中のパン生地をキャセロール皿にあけ、ご自分なりの方法で好みの形に切り込みを入れてください。フタをして、できる限りはやくオーブンに戻します。フタをして25分焼き、それからフタを外してオーブンの温度を約240℃に下げ、さらに20分焼きます。 パン皮のつやを最大限に引き出したいなら、ブリキ型に入れたパン生地もキャセロール皿にのせて焼いても良いでしょう。パン皮のつやにそこまでこだわらないなら、キャセロール皿のパン生地を焼くときに、一緒にオーブンに入れて焼いてしまいましょう。 ブリキ型のパン生地は、キャセロール皿の生地よりも焼くのにおそらく時間が多めに、1時間くらいかかると思います。25分経ったらオーブンの温度を240℃に下げましょう。温度計をお持ちなら、生地の真ん中に挿して97℃になれば焼き上がりです。さあ召し上がれ。アンディー・ケイトーはミュージシャン、農家、古代小麦推進家。therealfoodfight.uk/定期購読はこちら。Article - Letting the Levain do the Work • Satish KumarSatish shares Andy Cato's recipe for 'slow' bread

土、それは魔法の要素

文:サティシュ・クマール翻訳:浅野 綾子我々の生死を握るのは、まさにこのひと握りの土である。鍬を入れれば我々の食べものを育み、燃料を育み、住まいを育み、その上我々の周りを美しさでとりかこむ。虐げれば、土はやせ衰えて命絶え、人間性も共に絶える。アダルヴァ・ヴェーダ(サンスクリット語経典:バラモン教の宗教文書の1つ)より 以前、友人のマイケル・ワットが聞いてきました。「アンディー・ケイトーについて聞いたことはある?」 ミュージシャンのアンディー・ケイトーについては、グルーヴ・アルマダで名が知られていて、耳にしたことがありましたが、マイケルが教えてくれたように、フランスで最も急進的で革新的な農家の一人でもあるとは知りませんでした。アンディーとマイケルは仲の良い友達だということがすぐにわかり、話をするうち、私たちはナロック (Naroques) と呼ばれる広さ259エーカーのアンディーの農場を訪ねることに決めました。ナロックはフランス南西部にある美しいオーシュ (Auch) の町の近くにあります。 ケイトー一家は、美味しいワインと農場で栽培・製粉した小麦で焼いた素晴らしい味わいのサワー種のパンで私たちを歓迎してくれました。こんなに美味しいパンを食べられることなど滅多にありません。そこでどうしたらこんなに美味しいパンを作れるのか聞いてみました。 「秘密は良質の土です。良い食べものは良い土からできるのですよ。」とアンディーは言いました。「私たちの生命は、表土と呼ぶ、地表から数インチの土に依存しているのです。ここでは土を大切にしているので、良いパンが食べられるのです。」 「このパンの秘密は、ただ土が良いだけではないはずです。」と私は言い張りました。 「私が栽培するのは一般的な交配種ではありません。交配種はグルテンが多量に含まれ、膨大な量の人工的な肥料と農薬を使って栽培されます。」とアンディーが秘密を明かしてくれました。「私が栽培するのはこの地域で栽培されてきた原種か、古くからある品種です。どれくらい長く栽培されてきたのか誰も知りません。数百年かもしれません。そうでなければ数千年でしょう。残念ながら、現在ほぼ絶滅しかかっています。」 「どうやって小麦の原種を見つけることができたのですか。」とたずねました。 「長い間探していましたが、なかなか見つかりませんでした。古くからの種子はもう市場に出ていないのです。事実、EUの規則では、古くからの品種の[種の]販売は違法です。でも私は探すのをあきらめませんでした。特に高齢の農家の方々に種の原種についてたずね続けました。ある日のこと、農業を引退した方が運営する農業機械の博物館を見学していました。その方は、自分よりも年上の友達に会いに行くようにと話してくれました。その方のお友達は30年前まで、特徴のある在来種の小麦原種でパン作りをしていたそうです。期待と興奮で胸がはちきれそうになりながら、私はその80歳になる、農家でもあり伝説的パン職人でもある方に会いにいきました。その方は、まだ種子が残っているかどうか見るため、私を自分の穀物サイロに連れていってくれました。サイロにもぐりこむと、うっすらと積もった小麦の種を見つけました。この原種がどれくらい古いものか誰もわかりませんでしたが、私は喜びでいっぱいでした。この種を家に持ち帰り、小さな区画にまきました。私が大喜びしたことに、その種は育ったのです。実はすべて種として残し、ゆっくり、でも着実に量を増やしていきました。今では完全に交配種を使わずにすんでいます。」 現在、アンディーと彼の仲間のサイモンは1日に200~300本のパンを焼き、オーシュにある彼らの店舗だけでなく、数件の学校にも届けています。 アンディーはペンシルベニア州にあるアーミッシュ [アメリカのペンシルべニア州などに住むプロテスタント教会の一派。300年以上前にヨーロッパから移民し、現在も自給自足など移民当時の質素な暮らしを営む] のコミュニティーにひらめきを得て、トラクターやコンバイン収穫機ではなく馬の助けを借りて小麦を栽培しています。重機は土を固くし、土に悪影響を与え、土中の生物を傷つけるとアンディーは考えているのです。強くて頑健な馬がアンディーや彼の農業仲間の一員になっているのを見て、私は嬉しく思いました。 アンディーは小麦の種まきと収穫には馬の助けを借りますが、土は耕しません。彼は牧草を作付けしており、牧草を作付けすると農場は多年草の牧草でおおわれます。多年草の牧草が生えた土は絶えず土質が改善されていき、膨大な数の有益な生きものがいきいきと育ちます。 「土にはできるだけ手をいれませんし、掘り返すなんてもってのほかです。」とアンディー。 土を耕したり掘り返したりせずに大量の小麦を育て、256エーカーもの土地で農業をすることができるとは、本当に信じられない思いでした。先見の明ある創始者の福岡正信氏は「自然農法 わら一本の革命」を書いてアンディーにもインスピレーションを与えていますが、お墓の中で喜び、ほほ笑んでいるにちがいありません。 私たちが美味しくいただいたパンは、大地や土に棲む生きもの、馬、それに人間が、その生命と働きを調和させ、真に力をあわせた成果なのです。アンディーのパンの秘密は、彼が「魔法のしくみ」と呼ぶ良質の土です。土は地球上のすべての生命の源です。土を大切にすれば、土はその他すべてを引き受けてくれるのです。 ナロックの農場は、化学肥料や農薬、または化石燃料を使用しない栽培のすばらしい一例です。そこには汚染も、ごみも、温室効果ガスの排出もありませんでした。私は世界中の多くの有機農場を訪れていますが、アンディーの栽培方法は有機農業以上です。真の自然農法であり、工場式農場経営やアグリビジネスの工業的方法から完全に解き放たれています。文明が長きにわたり生き残るとしたら、これこそはまさに健康的で、環境保護の意識ある、持続可能な食料生産のモデルになるでしょう。 「ですが、町に住んでいるこうしたことを信じない人たちについてはどうでしょうか。」と私はアンディーに聞きました。「こんなことは全部夢物語で、こうした自然農法の類では世界の食料をまかなうことなどできやしないと言うでしょう。」 アンディーは言います。「世界で食料が足りないということなどありません。スーパーマーケットやレストラン、さらには私たちの家にある食べものの半分は捨てられます。いま以上の食べものは必要ありません。私たちには、力強い植物で作る、栄養価が高くて身体にも良い、本当の食べものが必要なのです。本当の食べものとは、重さよりも栄養価に本質が置かれる食べものです。今あるほとんどのパンは交配種の小麦で作られ、小麦アレルギーや肥満、身体の不調の原因になります。食べものはただ量があればいいのではなく、質も大切です。食べものの質を良くするには良質の土と大地への愛情が必要です。農作業は人間の尺度をもとにつくり上げられなくてはなりません。小規模農業によって世界の70%の食料がまかなわれています。ですから、小規模農業は私たちが讃えなければならないものなのです。食べものの質を間違いのないものにするには、もっと多くの人たちが土に触れる暮らしに帰り、食べものを育てることにかかわる必要があります。」 農場への訪問は驚きと本当にできるのだという希望に満ちあふれ、私は心から楽しみました。友人のマイケルのおかげでミュージシャンファーマーのアンディーと出会うことができました。アンディーが2つの天職をもつことができるなら、私たちもみな、他の職業とパートタイム農業を組み合わせることができるはず。そう思いませんか。詳細はこちらへ:therealfoodfight.uk/la-ferme-a-naroques。アンディー・ケイトーの「ゆっくり」発酵のパンはこちら。サティシュ・クマールは「人類はどこへいくのか: ほんとうの転換のための三つのS土・魂・社会 (Soil, Soul, Society)」の著者。定期購読はこちら。Soil: The Magic Ingredient • Satish KumarRadical farming and wholesome food

どんでん返しの人生

サティシュ・クマールがラッシュ (Lush) 創業者の伝記をレビューします。「親愛なるジョン:ペリンダバへの道 (The Road to Pelindaba)」ジェフ・オスメント著 Lush, 2018. ISBN:9780992708269 これは、動物実験をしないことを社是とするラッシュ (Lush) 創設者、マーク・コンスタンティン (Mark Constantine) の物語です。父なしで育ち、学校の試験は失敗、大学にも行かず、その若き日は一文無しのホームレスだった男の驚くべき伝記です。これら全ての困難は姿を変えた恵みであったと分かり、それらが彼を強くしたのです。 転期は、コンスタンティンがボディショップ (The Body Shop) の設立者アニータ・ロディック (Anita Roddick) に出会ったときに訪れました。ふたりは似た者同士ですぐ意気投合しました。ふたりはビジネスで協力し合い、共に社会的環境的価値を形にした香水や化粧品作りに情熱を持っていました。ボディショップの売却、ロディック早逝の後、コンスタンティンは同様の精神で自らのビジネス、ラッシュを設立しました。ラッシュは多くの点でボディショップを継承していると言えるでしょう。ラッシュは全製品が100%植物由来で、その多くが無包装です。「無駄は最小に、再利用は最大に」がコンスタンティンがラッシュで確立した原則と実践です。 さらに、ラッシュのキャンペーン活動は、ビジネスが社会運動の支援者にもなり得ることを示しています。最近では、覆面警官による性的虐待を明るみにしたラッシュのキャンペーンを目にしました。半分警官、半分民間スパイの男を描いたポスターを作ったのです。キャプションは「PAID TO LIE #SPYCOPS」でした。これは多くの論争を引き起こしましたが、ビジネスには社会的誠実さを求めて立ち上がり直接的な行動をとる力があることを示しました。ラッシュは、社会問題、環境問題、政治問題への意識を高めるため、他にも数多くのキャンペーンを展開してきました。 コンスタンティンは、香水業者、社会活動家であることに加え、熱心なバードウォッチャーです。彼の、鳥の暮らしやさえずりの本やCDは、自然への心を込めた賛歌です。彼は「プールハーバーの鳥たち (Birds of Poole Harbour)」というウェブサイト作りに多くの時間とお金、愛情を注ぎましたが、今や、イギリスの最も美しい場所のひとつ、プールハーバーにいる鳥たちの豊かな暮らしに興味ある人々への素晴らしい情報やインスピレーションの源になっています。 「Dear John( ディアジョン)」は、コンスタンティンの父親ジョンがどこにいるのか、生きているのか死んでいるのか分からない状況で書かれました。コンスタンティンの竹馬の友で物書きのジェフ・オスメント(Jeff Osment) は、ジョンの捜索をかって出ました。そのおかげで、58年間離れ離れだった父子の感動的な再会がありました。ジョン・コンスタンティンは南アフリカのペリンダバという町に移住していたのでした。 これは共感を誘い、概ね客観的に語られる感動的な物語です。マーク・コンスタンティンの物語は、成功は苦難から生まれ、また粘り強さや打たれ強さの先には行方不明の父親とさえ再び繋がれることを語っています。サティシュ・クマールの自伝「No Destination」は、Green Booksより出版されています。定期購読はこちら。An Unexpected Life Story • Satish KumarReview of Dear John: The Road to Pelindaba

幸せの定義

ラッセル・ウォーフィールドは、フェミニストの研究者で作家のリン・シーガルと会います。 翻訳:馬場 汐梨 全体的に、あなたは昨日どのくらい幸せを感じましたか?この質問は、デイビッド・キャメロンが国家幸福度指数をつくることを決めた2011年以降毎年イギリス国民に投げかけられています。この国家幸福度指数は、国の福利政策としてGDPに置き換えることが討議されています。個人の幸福の体験を定量化しようとするこの試みは、リン・シーガルの素晴らしく肯定的な本である「根本的な幸せ (Radical Happiness)」のきっかけとなりました。 「私は、幸福とは定量化できる内的な出来事であるという考え方を用いて幸福の促進と測定について調べることから始めました」とシーガルは私に言いました。「ええ、実際には、そのような感情はありません。すべての感情はもっと複雑で混ざっていて、もっと矛盾したものです。そしてさらに、それらは個人の力学と同様大衆の力学も持っています」 この見識は、その本のサブタイトル、「集団的喜びの瞬間 (Moments of Collective Joy)」の中心となっています。シーガルにとって、幸福は個人化できるという考え方は新自由主義の特に有害な側面です。それとは反対に、彼女は喜びというものは元来共同のものであり、人生における幸福はお互いや自然に依存しているという認識からしか来ないと考えています。 私が書いていることはすべて、他人との繋がりを認識する必要があること、そしてそれが、これまでになく押し込められている自身との鬱々とした繋がりを逃れる唯一の方法であるということを主張しているのです」と彼女は語ります。 「喜び、それは私には、ほぼ完全に集団的なもののように思えます」と彼女は続けます。「たとえ山の頂上から見える景色のようなものから来るものであっても、私たちはそれを共有できるようになりたいのです。何かを共有できるほど、それは続き留まるものです」 この見解は「幸福産業」などと呼ばれるものへのシーガルの疑問を説明しています。そこでは不幸は個人の欠陥として扱われ、市場化された医療やマインドフルネスの組み合わせによって治療することができると考えられています。そのようなアプローチでは、当然の帰結としての不幸を生じさせかねない構造的な問題はあいまいです。シーガルは違う見方をしています。 「絶望感については、幸せと同様、社会的な文脈で考える必要があります」と彼女は言います。「個人的な苦しみには個人的な側面が常にある一方で、それを解決するのは必ずしも個人的なものではありません。私たちはそれが失業に関係していることを知っています。貧困に関係していることを知っています。 「私は個人的な苦しみがないと言っているのではありません。実際にあるのですから。そして私たちはそれぞれ独自の過去があり、それは重要です」と、認知行動療法や抗うつ剤といった手段の利点を退けないよう気を付けながら譲歩します。「しかし私たちに押し付けられるプレッシャーの観点から考えられるべきで、そして、私たちは次のように問わねばなりません。どうしてそんなに重いのか?」 彼女は新自由主義の社会の憂鬱さについて調べる意思があるにも関わらず、1時間程度シーガルと過ごすだけで、幸福について何かしらを知る人と自分がいるのだと気づけます。彼女の美しく手入れされた庭に座り、発言すればほぼ毎回、明るいくすくす笑いが止まらず話を中断しながら過ごすのです。 1960年代の社会フェミニストである彼女は、共同社会の政治を生涯にわたって好んでいます。それは明らかに今日の彼女の集団的喜びに関する考え方を起こしたものです。 「私の世代はステータス以外への無関心を伴う戦後の消費主義を批判する時代でした。これは1960年代資本主義の黄金時代で、若者は自由を許されていました。しかし同時に私たちはすでに次のように考えていました。私たちは商品に人生を左右されたくないと」 「私たちは反資本主義でした。なぜなら、私たちは意味のある創造的な人生を望んでいて、他人を思いやりたかったからです」と彼女は言います。「私たちは平等で思いやりがあり、共有する政治を望んでいました」 今日、これらの理想からはいくらか遠ざかったように思われがちです。シーガルにとってはしかし、絶望に直面した抵抗ですら集団的喜びの根本的な行動の条件を備えています。それだけでなく、意味のある、長く続く幸せのカギにすらなりうるものです。 「この10年ほどは、多くの人にとって悪夢であったでしょう。しかし同時に大きな抵抗の時代でもありました。ブラック・ライヴズ・マターやシスターズ・アンカットであれ、トランプの当選の翌日すぐに街頭デモする普通の人々であれです」と彼女は説明します。 「自分自身を覗いて自分自身を幸せにしようとするよりも、世界に目を向け周りで起きている惨事、移民危機の惨事や気候変動の惨事に立ち向かう方がより生き生きと感じ、より社会参加しているように感じやすいです」 この細分化の時代では特に、私たちお互いの繋がりという現実に真面目に関わることはシーガルの幸福の理論の芯となるものです。一次的な公的扶助を通じてすら私たちの結束を高める能力を攻撃する緊縮政策について話している時に、彼女がおそらく最も憂鬱だったのはそのためでしょう。 このことは、彼女が言うには、次の本の主題です。「現在の公的扶助は完全な危機に陥っています」と嘆いています。「最も悪いことには、新自由主義の政治といわゆる福利改革では若い母親たちはますます長い時間働いています。つまり公的扶助をどこかから取り入れる必要があるということです。これは、自分の家族や扶養者を後に残して貧しい国から来る人々に、人種差別の力学をもたらし、第一世界の公的扶助のニーズを取り入れるのです。 シーガルにとっては、私たちの幸せになるという考え方をねじまげた現代の資本主義の状況は、こういった公的扶助の危機の原動力でもあります。 「生産主義の支援者、企業の資本の精神が、彼らの利益となるものの無報酬労働の全てを否定するやり方について考えていると — 」彼女は続けて「ケアワークや女性、そして社会的再生産について考えさせられます。そしてもちろん人知を超えたものもあります。だから近年ミツバチや種の絶滅について関心が高いのです。何故なら私たちは実際に他の人間以外の生き物や木々や花などの働きに依存しているからですが、全く考慮されないのです」 この依存を私たち自身の理解に含め直して考慮することは、シーガルが「根本的な幸せ」の中でしようとしていることです。そうすることで、彼女は私たちがお互いの繋がりの中で、また自分たちの環境の中で、たとえ絶望に直面していても幸せを再発見する手助けをしてくれるのです。 「私は自分が書いたものはすべて、私たちがどのように人生を送るか、どのように他人と繋がるか、どのように生きる希望を持ち続けるかについてだと感じています。それが、私の本が本当に伝えたいこと全てなのです」と彼女は言います。「根本的な幸福」はVersoから発行されています(2017年)。ラッセル・ウォーフィールド (Russell Warfield) はフリーのジャーナリストです。定期購読はこちら。The Definition of Happiness • Russell WarfieldAn interview with feminist academic and author Lynne Segal

必要なのは平和的反乱

大惨事から身を守る唯一の方法は、民衆の抵抗を通してでしかない、とゲイル・ブラッドブルック(Gail Bradbrook)が著します。 私たちは気候崩壊に直面して何をしますか?この実存的脅威はあなたにどう影響しますか?それはあなたの生き方にどう影響しますか? 命がどれほど貴重であるかに思いを巡らすなら、この破滅に向かいつつある時代は私たちが真に良く生きる機会である、と私は信じます。命とは、個々の私たちよりずっと大きなものだと理解するとき、私たちは心安らかになります。尊敬すべき祖先、つまり私たちの前にやって来た人々、そして私たちの後にやって来る人々に線をひくとき、与えられた命における自らの役割が理解できます。いくつかの先住民族文化は、次の7世代を守ることについて語ります。子供たちの未来が想像を絶する大惨事に向かわされる環境崩壊の時代、真にその悲しみを感じ、そしてどのように行動するつもりかを問うことが私たちの責務です。 この大惨事を前に、私たちには新しいアプローチが必要です。第二次世界大戦並みの動員をすべく世界政府が必要です。世界政府が要求するのは炭素排出削減と需要削減です。例えば、大気から炭素を取り除く安全な方法を見出すための多大な投資。輸送の改善。再生農業と生態系の回復。どれも技術的経済的に短時間で可能です。解決策はあるのです。最も肝心なことは、十分な政治的圧力をどのように創り出すかです。そういう政治的意志を創り出すのは私たちにかかっていて、実行するための最強の術があります。つまり暴動へ駆り進む民衆の不服従 - 反乱です。 気候変動は道徳の問題です。起きていることは悪であり、それを止めなければなりません。政府が恐ろしく不道徳なことをしているなら、それに抗議すべきです。政党政治とは無関係です。あらゆる政治的考えの理論家たちは、ひとたびその体制が失敗すれば反乱は正当だと認めます。 良い知らせは、反乱にはそれほど多くの人々を要しないことです。1960年代のアメリカ公民権運動のフリーライダーズは、少人数のグループで始まり、その夏の終わりには全盛を極め約300人が拘留され、政策に根本的な変化をもたらしました。アメリカで300人なら、英国ではどうでしょう?積極的な支援者は約200万人が必要でしょう。市民抵抗に喜んで参加する人は5,000人、もしくは500人の拘留が必要かもしれません。分かっていることは、望ましい変化を作るには、その行動が果敢であればある程少人数ですむということです。そう、最重要な次の一手は、始めること。ゲイル・ブラッドブルックは、2025年までにゼロ炭素経済を求める活動グループ、エクスティンクション・リベリオンのメンバーです。rebellion.earth定期購読はこちら。We Need a Peaceful Uprising • Gail BradbrookThe only way to step back from catastrophe is through civil disobedience

勇気

翻訳:佐藤 靖子 今私たちはこれまで以上に、変化を生む勇気を奮い起こす必要があります 気候に対する不安について人と話をすると、たいていの場合、私たちは同じ経験をしています。最初は大きな無力感を感じ、手に負えないこともあります。けれども多くの場合、この後に断固たる決意の感覚が生じます。おそらく、これが勇気が沸いてくる場所です。ハーパー・リーのアティカス・フィンチ曰く、「行動する前から叩かれてしまうこともあります。それでも行動する」のが「ほんとうの勇気」です。今私たちはこれまで以上に、変化を生む勇気を奮い起こす必要があります。 英国のヒースロー空港からドイツのハンバッハの森、フランスの Zone to Defend[空港建設反対運動]、そしてますます広がりつつある非暴力運動の Extinction Rebellion まで、本号で特集している世界中の平和的な活動家のアクションは、大きな不安が楽観論や希望に変わりうることを示しています。 もちろん、これを行う方法は非暴力の抗議だけではありません。「エコロジスト」のセクションでナタリー・ベネットはこう述べています。「全ての人に役割があります。ソーシャルメディアでアクションを推進することや家族や同僚の質問に答えることから ・・・ デモ参加者らにキッシュやケーキを焼くことまで ・・・。」「芸術」のセクションではアリス・ケトルが、素晴らしい布の風景や刺繍の「森」を作り「他に例を見ない行動主義」を形成する、難民や庇護希望者や関係者を一つにするプロジェクトについて書いています。「私は一人のアーティストに過ぎず、こうした問題を解決することはできません」と彼女は書いています。「でも、私が気に掛けているということは示すことができます。」 未来が最悪のシナリオとなる必要はありません。そしてもし私たちが一丸となって取り組むことができるなら、それは何か祝うべきことかもしれません。「基調」の特集で、ケイト・ピケットとリチャード・ウィルキンソンは、今社会をだめにしている不公平に対処することによってこれを可能にする方法を示しています。「多くの人々がそれを達成すると決心した時のみ、必要な規模の変化を生み出すことができます」と彼らは書いています。 「私達は、自分たちの惑星を破壊していると知っている最初の世代であり、それについて何かができる最後の世代です」と、WWFイギリスのチーフエグゼクティブのタニヤ・スティール(Tanya Steele)は10月の「生きている地球レポート」発行の際に述べています。2018年末は気候崩壊の現実が主流をうちのめした瞬間として記憶されるかもしれません。2019年が私たちが物事をよい方向に変化させ始めた年として知られるようになるチャンスはまだ残っています。マリアン・ブラウン副編集長定期購読はこちらCourage • Marianne BrownNow, more than ever, we need to muster our courage to make change

有機農業の英雄への賛辞

サティシュ・クマール (Satish Kumar) は、グリーンピースのロード・ピーター・メルケット(Lord Peter Melchett) 元理事への思いを記しています。ピーター・メルケットは地方の情熱的な防衛者であり、自然環境の完全性を保っていましたが70歳で亡くなりました。彼と知り合い、彼が「The Countryside We Want」(Green Books より出版)に寄稿する際に一緒に働いたことは、私の名誉と喜びでした。 ピーターは、レディ・イヴ・バルフォア(Lady Eve Balfour)と彼女の本「The Living Soil」、そしてレイチェル・カーソンの本「沈黙の春」にも触発されました。 両方とも初期の環境運動の傑出した声であり、自然界と調和した人類という彼の理想主義とビジョンの源泉でした。 彼は理想主義を行動主義に変え、世界の最重要環境団体のひとつであるグリーンピースのディレクターに就任しました。 グリーンピース在籍時、ピーターは1999年にGMトウモロコシの作物を破壊した28人の活動家のグループの一人として、GM作物に反対する顕著で歴史的な行動を起こしました。その結果、彼は刑事被害を引き起こすと告発され、ノーウィッチクラウンコートに現れました。ピーターと彼の仲間の抗議者たちは、環境を守るという主張は正当だと裁定した陪審によって無罪となり皆、驚き、喜びました。 この勝利の結果は、英国だけでなくヨーロッパでも、GM作物の普及を阻止するのに役立ったのです。 しかしピーターは単なる理想主義者ではありませんでした。 彼は実践的な人間であり、土地を守り、土壌を気遣い、木を大切にし、動物を愛し、鳥を見て楽しんだ有機農家でした。 彼は積極的に、 (Friends of the Earth)、WWF、Ramblers Association 、RSPB(英国王立鳥類保護協会)を含む多くの生態学的組織の活動に従事していました。 しかし、彼の活動のハイライトは有機農業の促進でした。そして、彼はソイルアソシエーションの政策ディレクターになりました。 その地位の間、彼は国内農業問題と国際問題の両方に有機農業の主張を置くことに成功しました。 ピーターの環境保護主義者は政治家としての経験からも影響を受けていました。 彼はハロルド・ウィルソン (Harold Wilson) の下で労働政権のメンバーでした。 そういう経歴から、彼は生態学的価値を政治的且つ実用的に理解できる言語で提示できました。 ピーターの死によって、特に田舎のための、一般的には生態学的運動の勇敢で、カリスマ的で、熟達していて思いやりのある運動家を失いました。 サティシュ クマール(Satish Kumar)は、 Resurgence & Ecologistの名誉編集者です。Tribute to a Hero of Organic Farming • Satish KumarHonouring the former director of Greenpeace, Lord Peter Melchett定期購読はこちらからどうぞ

マオリ族の伝統が家族の修復に役立つ

伝統的な文化からインスピレーションを受けた、家庭内の揉め事への対処方法は子どもに良い影響を与えているとアンドリュー・パップワースとティム・フィッシャーは言います。北ロンドン、カムデンのコミュニティホールで、人々のグループがとても個人的なディスカッション(家族による家庭内虐待の認識とどのようにその問題を解決するか)に集中していました。そのミーティングではアルナと、3才の娘のルビ、そしてルビの父親であるアビックが中心でした。 「家庭内虐待はミーティングの最初からディスカッションの議題に挙がっていました。そしてそれが子どもや家族にとって悪いということも」とアルナは言いました。「私の家族は起こったことに対する懸念を現し、彼らがどんな形であれ虐待を受け入れるつもりはないことをはっきりさせることができました。私にとって、家族の両サイドが起こったこととそれが間違っていたのだということを受け入れることが重要でした」 このイベントはカムデン・ファミリー・グループ・カンファレンス・サービス (Camden Family Group Conference Service) の独立したコーディネーターによって組まれた、同じような家族会議のうちのひとつでした。これらのファミリー・グループ・カンファレンスの目的は、拡大家族を巻き込んで全員に発言の機会を与えることで、ソーシャルワークのプロと家族のパワーバランスを調整することです。マオリ族の慣例 過去20年に渡って発展してきたこのやり方は、ニュージーランドの原住民マオリ族の経験をなぞるものです。1980年代、ニュージーランドのソーシャルワーカーたちはマオリ族のコミュニティからの懸念へ反応を示し始めました。マオリ族の人々は保護される子どもたちの多さや、子どもたちが非マオリ族の機関や世話人の元に移動させられること、そしてたくさんの子どもたちが受ける虐待を恐れていました。 マオリ族たちは長い時間かけて確立されてきた彼ら独自の、家族のネットワークでミーティングを開いてコミュニティの子どもたちや家族が直面する問題を話し合い解決する方法を教えました。ニュージーランドではソーシャルワークの危機に陥っていたので、マオリ族の慣例を試してみることになり、そして1989年には大幅に法律化されました。その頃から、(どのコミュニティであれ)ニュージーランドの子どもたちが家庭で危害や排除に直面している状況はファミリー・グループ・カンファレンスで議論されるべきものとなりました。これは問題を法廷に持っていく前にしなければならず、法廷に持っていくのはそれでも解決されなかった場合のみです。この慣例は今やイギリスを含む他のいろんな国でも広がっています。 このモデルを採用することは、研究によって裏付けられているように、解決策が家族で作られて家族に根付いているということです。大抵自分たち自身にあるものが使われますが、時には法廷機関からのどんな支援が必要かを決めることもあります。このことによって、プロのソーシャルワーカーによって決められた解決策(例えそれが一等親と話し合われたものであっても)よりも永続的で持続可能な解決策を得ることができます。プロのソーシャルワーカーの存在は家族を駆り立てて責任を負う気にさせます。プロがいないと、家族がいい決断ができ、そしてその機会があるというポジティブなメッセージになります。 ファミリー・グループ・カンファレンスを通じて家族と話し合い、そのモデルの使用が伸びていくさまを見るのはとても楽しいです。ソーシャルワーカーのプロとしての私たちにとって、伝統的なプロの権力のある立場で取り組むよりもとてもポジティブです。ほとんどのファミリー・グループ・カンファレンスでは家族がそのモデルを採用して計画を立てるという結果になっています。それらのプランは決まって合意されます。家族のプロたちは想像性に富んだ永続的な解決策が思いつかず諦めていました。家族とプロの関係性が変わり、それが創造的なものであることが明らかになりました。ファミリー・グループ・カンファレンスは修復的司法の協議でかなり成功しているアプローチの一部です。カギとなる材料は正直さ、明確さ、(子どもや拡大家族の)参加と、エンパワメントです。決断は家族のメンバーが自分たちで下します。 ファミリー・グループ・カンファレンスを通じて児童虐待や育児放棄を含む難しい問題に取り組むとき、コミュニケーションとその解決策は、家族とプロにとって経験値になります。マオリ族の家族は、そういう難題に取り組むときに重要なのは会って話すことだと昔から知っていました。中には傑出したマオリ族もいて、ニュージーランドの非マオリ族の白人のソーシャルワークという職業が1980年代半ばに危機に陥っていたときに、このことに気づいて、マオリ族が議長をした取り調べの結果、実践方法が大幅に変化しました。 ピーター・ブロック (Peter Block) は著書「コミュニティ:所属することの構造 (Community: The Structure of Belonging, )」で、ファミリー・カンファレンスがどのように構成されるかに関わる必要不可欠なことについて述べています。彼は集まることの重要性を強調しています。そして問題について話すだけではなく、コミュニティが人々の不足しているものではなく持っているものに焦点をあてて組織されているか、また人々にレッテルを貼ることは彼らの潜在能力を最大限に発揮する力を減らしてしまうということも強調しています。パワーバランス どうしてこれがリサージェンス誌の読者に関係があるのでしょうか?ええ、私たちはファミリー・グループ・カンファレンスを用いる経験は楽しく、また権威と人々の力関係を変える可能性についてのいい知らせがたくさんあると考えています。ファミリー・グループ・カンファレンスは様々な力の構造の中で構築されます。そして、対話や合意が達成されるのは家族とプロの機関の平等性がとれているときです。さらに、批判や不信の空気の中でソーシャルワーカーと家族が会うときよりも、はるかに建設的で創造的な結果が得られることがほとんどです。 ほとんどの照会は地域の権威的な法廷機関から来ますが、子どもについての決断を下すのにファミリー・グループ・カンファレンスを用いることは、より伝統的なやり方に対する代替手段です。カンファレンスは家族が受け入れられる公平な場所で開かれます。ファミリー・ライツ・グループ (Family Rights Group) によれば、2017年には84%の地域当局が家族にファミリー・グループ・カンファレンスを紹介しました。 オランダでは、カンファレンスの裏にある原則がよりいっそう考えられています。そこでは、ファミリー・グループ・カンファレンスの発議は法廷機関である必要がありません。今は法律によって、家族のメンバーなら誰でも発議できるようになっていますし、地域当局はそれに対して地域サービスを提供しなければなりません。ファミリー・グループ・カンファレンスはホームレスの問題やメンタルヘルスの要求から起こる困難、これから釈放される囚人の将来や、障害や老化による困難についても取り扱うことができます。 子どもに関するファミリー・グループ・カンファレンスは彼ら自身の現在の問題についてではありません。認識される必要があるでしょうが、プロセス全体にとってカギとなるのは子どもの将来のための計画に家族のネットワークを呼び込むことです。ファミリー・グループ・カンファレンスの効果の証しのひとつは、参加した家族がそのプロセスの支持者になることが多いということです。カムデンでは、メンバーが広報やプロセスにアドバイスをする家族の諮問委員会 (Family Advisory Board) に人々が参加しています。彼らはまた、ファミリー・グループ・カンファレンスに賛同すべきか悩んでいる新しい家族に会うのに立ち会うこともしています。彼らの立場はそうしてきたというもので、それでうまくいっています。希望を与える アルナのような人々にとって、ファミリー・カンファレンスは建設的で変容可能でさえあります。ファミリー・グループ・カンファレンス以降、彼女がいうには家族はルビの最も興味のあることについて協力や対話や計画がしやすくなったようです。そしてアルナはこれが「最も重要なこと」と述べています。 「ファミリー・グループ・カンファレンスを通じて、私たちはお互いをより理解しましたし、それはソーシャルワーカーについても含みます。私たちは課題を片付け、関係性や将来への自信が改善されました」と彼女は言いました。ファミリー・グループ・カンファレンスを編成する上でカギとなる原則・ソーシャルワーカーの懸念に関する情報が明白で正確であること・子どもの拡大家族ネットワーク(親戚や重要な友人)がプロセスに参加すること・プロセスの重要な部分(そして家族をただコンサルティングするのとは根本的に違う部分)は家族のプライベートな時間です。将来の計画を練るためにソーシャルワーカー抜きで家族のネットワークが集まりますが、それがソーシャルワーカーの懸念を解決することになります。そうすれば家族とプロのパワーバランスが変化します。・家族の計画は、子どもを危険にさらすとプロが示さない限りは受け入れられること・子どもを含む全員に発言の機会があること・ファミリー・グループ・カンファレンスは家族が同意した時のみ召集されること(それは家族に課されるべきではありません)そして独立したコーディネーターによって編成されることアンドリュー・パップワース (Andrew Papworth)とティム・フィッシャー (Tim Fisher) はそれぞれ、カムデンのファミリー・グループ・カンファレンス・サービス(カムデンの地方当局の一部)の前支配人と現支配人です。彼らは最近、『ソーシャルワークとソーシャルケアのおけるファミリー・グループ・カンファレンス:意思決定に家族を巻き込む (Family Group Conferences in Social Work and Social Care: Involving Families in Decision Making)』(Policy Press、2018年) の1つの章を書きました。A Maori Tradition Helps Heal Families • Andrew Papworth & Tim FisherAddressing family conflicts is having a positive effect on children購読登録はこちらからどうぞ。

全体の部分

サティシュ・クマールが、科学的な考え方で霊性を取り込むことを提唱します。翻訳:斉藤 孝子私たちは旅路、つまり分離から関係性へ、そして二元論から統一への旅路にあります。私たちの時代の主な二元論のひとつが、科学と霊性を切り離すという考えでした。純粋理性の時代以降、教育制度は、科学は霊性から影響されるべきではなく、また霊性は科学とは全く無関係であるべきという確信を打ち建てる方向でやってきました。 過去100年間、霊性とは個人的且つ私的な生き方の問題、あるいは全く意味不明なこと、のどちらかだという説に洗脳された何百万もの学生が大学を卒業してきました。この主流の考えでは、科学と霊性の間になんの分離も考えなかった過去及び現在の科学者達に全く無関心できました。 ドイツの著名な詩人、そして科学者であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは、深遠な科学的霊性を以って仕事をしました。彼の著書「植物の変態」と「色彩論」では、狭く直線的な考え方の科学に反論しました。自然を現象学的に理解することで、より相関的で周期的、そして全体論的な科学を詳細に解説しました。しかし、ゲーテの理想主義的で霊的な科学は、殆どの大学で理科学生にそっぽを向かれました。彼は偉大な詩人としては評価されましたが、科学者としては評価されませんでした! レオナルド・ダ・ヴィンチも同様です。誰もが彼を偉大な芸術家と思いますが、科学者と認める人は殆どいません。けれど、現代の複雑でシステム思考の科学は、彼の研究に端を発しているのです。というのも、彼は生命体に関心を持ち、故に質と量の科学を信奉していたからです。科学の質を思うとき、即座に「霊性」という言葉が思い浮かびます。 アルバート・アインシュタインも霊的科学者でした。「科学を真剣に追求している者は誰もが、霊性は宇宙法則に現れていると確信するようになる…宇宙法則の前にあって微々たる力しか持たない我々人類は謙虚にならざるを得ない。」と言いました。 アインシュタインは、人が経験する宗教的側面を尊重しました。「宗教を伴わない科学は不完全であり、科学がない宗教には何も見えてない」と言いました。アインシュタインは、制度化組織化された宗教施設について言っているのではありません。宗教上の経験(測定など及びもしないこと)について言っているのです。 霊性と科学を結び付けることは、意味と測定を結び付けるのに役立ちます。これら二つを断片化したり、切り離すべきではありません。科学的仮説や理論を作るために実験や証拠を通じて得る実験的知識以前に、明示されていない不思議に思う気持ちや好奇心、直感やインスピレーションというものがあります。一部の唯物論科学者らがしているように、明白でない直観やインスピレーションを切り捨ててしまうのは愚の骨頂です。 「スピリット」という言葉が単に意味するのは「呼吸」や「風」です。私たちは風を見ることも触れることも測定することもできませんが、それを感じることはできます。木々が風にそよぐように、人はスピリットにより動かされます。呼吸や風は、目には見えない微かな力ですが生を可能にします。見えるものは、見えないものによって支えられています。外側の物質的な実相は、内なる精神の実相の力を通して結びついています。一つを肯定し、もう一つを否定することは、鳥に片翼だけで飛ぶことを望むようなものです。 全体の実相は、相関する二つの側面から構成されています。中国人はそれを陰陽の調和と呼びました。インド人はそれをシヴァとシャクティのバランスと呼びました。正負、明暗、無言と有言、空と満、精神と物質、明瞭と曖昧は、ただひとつある全体の部分です。 科学と霊性の統合には、非常に現実的な目的があります。霊性のない科学は、倫理観、道徳観、価値観をたやすく失くします。霊性の指導を受けていない科学者は、核爆弾や戦争兵器、遺伝子工学、人工知能、残酷な環境での工場飼育、廃棄物・汚染・自然破壊を起こす技術開発に携われます。霊的叡智のない科学が、今日世界が直面している多くの問題を引き起こしているのです。科学自体は良性でも価値と無縁でも中立的でもありません。故に科学は、その完全性を維持し、その力に修正を加えるために、霊的叡智の助けが必要なのです。霊的叡智なしには、科学は危険になり得ます。霊性は科学に、意味・価値・目的を与えます。 科学が霊性を必要とするように、霊性にも科学が必要です。科学のない霊性は、盲目的信仰、独断主義、派閥主義、原理主義に簡単瞬時に変容します。非科学的な人々は、「私の神は唯一真の神であり、私にはその真実がある。誰もが私の真実に改宗せねばならない。」と主張するでしょう。そのような偏狭で宗教的な排他性が、戦争、紛争、テロ、および分断につながって来たのです。科学は、人類全体の利益のため、そして人類、人類以外の生きとし生けるもの全てのために真実を追求し行動できるよう、私たちの心を開いておく助けになります。 霊的叡智の主観的側面を棄てた物質主義者としてか、あるいは科学的発見の客観的世界をけなす霊的探求者としてか、というどちらか一方の断片的な方法で生きたいですか?選択するのは私たちです。私は科学的考え方で霊性を取り入れることを選択します。私にとって、科学と霊性は全体の補完し合う部分なのです。サティシュ・クマールは、科学と霊性をテーマに、リチャード・ドーキンスのインタビューを受けました。インタビューは tinyurl.com/satish-dawkins でご覧になれます。定期購読はこちらからどうぞ。Parts of the Whole • Satish KumarEmbracing spirituality with a scientific mind

災害が迫る今、世界は目覚め始めている

翻訳:浅野 綾子WWFは生きている地球レポートを2年に1回発表していますが、2018年10月に発表されたレポー トもまた、私たちの地球に人間が及ぼす影響の大きさを考えさせるものです。依然として、右を 見ても左を見ても個体群の減少や絶滅、森林破壊を示す数値だらけですが、それでも希望の光は あるとトニー・ジュニパーは言います。同時に起きている環境問題への認識の高まり、変化を求める運動の新興、政治的進展の兆しは、世界が自然破壊の規模と肩を並べ るまでに目覚めてきている証しにほかなりません。緊急事態であるとの意識を持ちはじめているのは活動家や運動している人たち だけではありません。大規模メーカーや数十億ドルを動かす投資企業の役員会議の場や、一部の国の政府の中でもそのような意識 が共有されています。その1番の理由は、自然界の秩序が適正に機能するかどうかが人間の健康、豊かさ、安全を決するとの理解 が進んでいることにあります。ここイギリスでは、一般市民の環境保護を求める声も大きくなっています。その例としてあげられるのが、2017年のイギリス総 選挙に引き続いて政治戦略シンクタンクのブライトブルー (Bright Blue) が発表したレポートです。与党の保守党が環境保護に向け た公約を全くしなかったことは若い投票者の間における与党不振の原因の1つになりましたが、レポートではその理由が詳述され ています。総選挙後、イギリスの政界では環境問題への注目度が歓迎ムードをともなって上昇し、強力な超党派合意の基礎がつく られました。このレポートの調査結果はこうした展開の説明に貢献するものです。 イギリス国内のこのムード変化は、自然保護に向けた新たな運動が生まれる貴重なチャンスです。この運動は、一般市民が政治 的な活動をする大きな舞台にもなり得ます。ブライトブルーの情報と調査が私たちに教えてくれるのは、政府や企業がすべきこと は長い間存在し続けるということです。今まで足りなかったのは具体的な対策を要求する人々の声であり、対策を講じようとする 政治の意志だったのです。 今、気候変動法を可決させた政治的機運のあった2008年と同じように、世の風潮は変化を肯定する方向へ変わってきています。 このタイミングをつかんで、環境保護を目指す強力な新しい法律をイギリスで制定できるようにしなければなりません。自然の再 生を義務づける新たな環境保護法の名で、自然環境の修復を促進する新たな農業政策もあわせて策定するのです。 イギリスを含め、鍵となる国々が国家としてのリーダーシップを発揮すれば、自然と人間についての国際的な取り決め (Global Deal for Nature and People) に向けた提案を進展させ、2020年の合意へと導く支援ができるでしょう。これはおそらく各国の元首が 第75回国連総会で顔を合わせたタイミングでの合意となり、自然破壊はもはや合理的でもなく、許容もされないと説くことになり ます。そして、私たちは自然破壊の代わりに、自然界を修復する道のりを歩きはじめることになるのです。この合意を下で支える のは、その年に開催される一連の重要な首脳会談で結ばれる数々の取り決めです。生物多様性条約における新たな達成目標や、 [京都議定書の理念の] 再生という大望を掲げる気候変動についてのパリ協定、持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals) における環境への取り組みの強化、公海における海洋生物保護についての新たな合意などがあります。 これは大いなる志にもとづく計画です。そうでなくてはなりません。一般市民の全面的な協力と政治の意志があれば、私たちは 長く続く自然破壊に終止符を打ち、私たちの生命を維持する地球の修復にとりかかることができます。世界のリーダーがこの難局 に立ち上がるかどうかは、彼らの意志次第です。イギリスを含めた各国のリーダーにおいても同様です。望むなら、イギリスは今 必要とされている模範的な取り組みを世界に示すことができるでしょう。 人間活動が地球に与える影響の規模は、今や完全に持続可能なレベルを逸脱しています。目下の問題は、地球が脅かされている かどうかではなく、取り返しがつかなくなる前に私たちが行動するかどうかです。国際社会が行動を起こして自然と人間のために 国際的な取り決めを結ぶよう求める運動に、私たちは共に参画する必要があるのです。トニー・ジュニパーは、WWFイギリスの支援運動・キャンペーン部門執行役員。定期購読はこちら。The World is Waking Up as Disaster Looms • Tony JuniperDespite extinction and deforestation there is cause for hope