学校改革が必要

フィオナ・カーニーは教育は倫理的、包括的で公平であるべきだと主張。

翻訳:フリッツ 郁美

英国中の学校が深刻な資金不足の結果として苦しんでいる時、私たちは実績を評価し、学校が目的に合っているかどうかについて根本的な質問をしなければなりません。 長期的に時代遅れのモデルに更にお金を投入して何が解決するのでしょうか?

 イギリスでは、1980年代後半から、国家カリキュラム、テスト、成績表、そして後にアカデミーとフリースクールのプログラムといった多くの費用がかかる教育開発が行われてきました。 恐らく、これらのどれ一つ、子供たちの心に留意したものではなく、むしろ政治的な目的のために考え出されたものです。

 そして、教育の子供に対する影響や教育への若者の意識は、大部分が否定的です。学校について彼らが何を考えているのか尋ねると、あまりにも多くの子供たちが退屈だと言っています。信じられないほどの幼少時代の無駄。使えないほどのリソースの無駄。 教育の一つの目的が学習愛を奨励することであるならば、この論点だけでも、若者の多くの期待に完全に背くことになります。

 社会として、若者の教育にへの関心を失わせるわけにはいきません。彼らは未来です。政府は正しくて、私たちの未来は教育システムの質に大きく依存していると言っています。しかし、これは、何のための教育なのか、どのような未来が想定されているかという問題を提起しています。これらの質問は、人間であることの意味、共通の人間性を実現するために教育が果たさなければならない役割についての根源にあるものす。

 社会として私たちは皆、グローバリゼーションと紛争の影響に対処するための苦闘に気づいています。どちらも、コミュニティの結束と統合について深刻な疑問を投げかけています。 そして、気候変動の結果として私たちが直面する課題は緊急です。これら全ては、教育の目的について疑問を探すことを求めています。

 教育とは、豊かな国に住む人々が、世界の発展していない地域の人々へ影響を及ぼさず、富を増やすことを可能にすることですか? 経済成長の執拗な追求を煽り立てるための労働力を提供することですか?

 そうであれば、私たちは、西側により天然資源や安い労働力を搾取されている国々で膨らむ不満を知るようになるでしょう。私たち西側の浪費に対して彼らが怒りや絶望を吐き出すにつれて知ることになるのです。

 もし代わりに若い人々に、より公平でより持続可能な世界を創造するための価値観、態度、スキルを吹き込めば、不平等が徐々に解消していく社会、東西、南北が平和的に共存できる社会の創造に貢献することができます。他でもなく、これが教育の合理的な目標です。

 もはや地球規模の分裂を助長する情報と知識を若者に与えることでは事足りません。倫理を言及せずに教えられた科学、歴史、地理、文学、経済学、食品技術は不毛です。知識を空虚に伝える代わりに、私たちは子供たちに、問題間のつながりや問題が現実の世界にどのように関連しているかを描くことによって、その知識の力を見せる方法を見つけなければなりません

 授業を通して若者が農業者、製薬会社、石油産業、スーパーマーケット、衣料品製造業者の責任を見いだすならば、彼らもグローバルコミュニティの一員として責任を持つことを理解して学校から巣立つ可能性が高くなります。また、洋服を買ったり、ハンバーガーを食べたり、車を運転したり、洗濯乾燥機を動かしたりするという個々の行動が、世界のさまざまな地域の人たちに影響を与え、自分たちの道徳的な選択が個々の行動にあることを理解するのです。

 子供たちが学校でこれらの問題に関わることを学ぶのに、分析し、質問し、討論し、表面下を掘り下げて学ぶ場合、よりよい世界を形作るチャンスがあります。若者たちは、それぞれの仕事や人生の生き方を通じて肯定的な貢献が可能であることを知る機会があるのです。

 どのようにして、子供たちが何をいかに学ぶのかと言うこのシフトを実施できるのでしょうか?学校はこの倫理的次元をどのように組み入れて、子供たちが個人的に批判的に考え、倫理的選択をするように挑戦させることができるのでしょうか?

 子供たちが地域の問題を理解するまでは、グローバルな問題に取り組むことは困難です。 したがって、彼ら自身の経験は出発点でなければなりません。 2つの重要な問題は、学校のコミュニティのメンバーがお互いどのように対処するのか。 そして学校のコミュニティは全体として世界をどのように配慮するのかです。

 これらの質問に答えるために、学校は公平、包括的、倫理的になる方法を見つけなければなりません。各人が社会の縮図で、世界をどのようにしたいかです。 これらの質問が学校で取り上げられれば、社会全体が取り組む可能性が高くなります。

 平等なコミュニティになることで必然的に、すべての子供、教師と親に声を届け、声がそれぞれ確実に聞かれ、すべての声が考慮されるようになります。子供たちが学習や評価、学校の運営方法に関わる意思決定に携わると、より関わり、意欲的になります。

 関わる問題についての議論や意思決定に両親が参加する機会があれば、彼らの子供たちはより良くなります。 また、教師や学校が学生に適した方法やアプローチを開発する自主性を持っている場合、地元の家族のニーズをよりよく満たすことができます。

 学校は、すべてのメンバー(大人も子供も)思いやることによって包括的になります。 関係の重要性に焦点を当てることにより、個々の子供とその家族が確実に周知されているようにすることにより、すべての教師に彼らの学問的役割と統合された個人的指導の責任を与えることにより、学校はすべての子供が安全でサポートされていると感じていると保証できます。

 これは小さな課題ではありませんが、関係をただ真摯に受け止めることで、人種、肌の色、信念、外見、身体障害、性的指向にかかわらず、学校コミュニティのすべてのメンバーをただ尊重することで、本当に包括的であると言うことができます。

 倫理的なコミュニティであるためには、学校は彼らの信念、カリキュラム、政策、実践が統合され、道徳的な目的があることを保証しなければなりません。これが実際に意味することは、子供たちに教えていることと、学校の日々の運営方法が、お互いに矛盾していないということです。 例えば、子供たちがフェアトレードを学ぶ場合、学校の購買方針はフェアトレード商品を可能な限り優先させるべきです。 子供たちが戦争の無駄を学んでいる場合、学校銀行口座は、武器取引に投資する銀行にすべきではありません。

 子供たちが気候変動について学んでいる場合、車よりも自転車を優先する学校交通政策や、学校を断熱し、再生可能エネルギーを購入することを含むエネルギー政策と連携しなければなりません。このようにして、子供たちは変化が可能であり、自分たちがその一部であることを学びます。

 また、「コミュニティ」という言葉で重点が置かれているのは学校の創造です。その学校とは、すべての人々が所属意識を持って積極的に貢献でき、教育が、イノベーションを賞賛し、創造性を発揮する有意義かつダイナミックな妥当なプロセスであり、刺激的なアイデアが開花し根を張る場所です。これは21世紀の学校にとっての課題であり、現在はイングランドの制度がそこまでは成長していないように見えます。。。

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フィオナ・カーニー (Fiona Carnie) は教育学者であり作家。 彼女の著書「教育の代替アプローチ (Alternative Approaches to Education)」Routledge 社より2017年5月に出版。近著「ボトムアップから私たちの学校を再建する (Rebuilding Our Schools from the Bottom Up)」もまた Routledge 社より2018年1月に出版。

Article - We Need a Schools Revolution • Fiona Carnie

Schools should be ethical, inclusive and equitable

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リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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