思いやりは最良の薬

コミュニティを強化することで入院患者を減らすことに成功した健康福祉プロジェクトについてジュリアン・アベルとリンズィー・クラークが考察

翻訳:斉藤 孝子

医療従事者は、人が発病すると概して衰弱が次々と起こることに、ずっと悩まされてきました。病は人を疲れさせます。疲れると動くのが億劫になり、家から出る活力や気力が低下します。料理や清掃など家事をする気がなくなります。生活の糧である仕事に行く気になりません。そんな無気力状態は社会的孤立をもたらし、同時に自尊心を低下させます。衰弱し切った中、自分のなんたるかがぼやけ始め、やがて、生きている意味があるのか問い始めるかもしれません。

 孤独は、しばしば、そういう衰弱の原因にもなり結果にもなります。これについては、ジョージ・モンビオットが最近のリサージェンス誌上、305号「帰属意識を再構築 (REBUILDING WITH A SENSE OF BELONGING)」で、慢性的な孤独は早期死亡のリスクを20%以上高めると述べています。それは、具合が悪くても、周りに気遣ってくれるコミュニティがない時に起こることです。最近では、悪いところがなくても孤独感と自尊心の喪失に悩む人が増えています。ですので病人の窮状は、医療提供では及ばない問題があることをはっきり示しています。それは心不全を起こしたコミュニティの切羽詰まった呻きです。

 イギリス南西部サマセット郡にあるフロムという町の最近の成果は、そのような増大する危機への最も効果的な対処は、より広範なタイプのコミュニティライフでの積極的な思いやりの回復にあると示唆したことです。私たちは、他人の苦しみに心を痛める時がおそらく最も人間的であり、そういう気持ちは、ほとんどの人が持っていたい類のものです。ただし、真実の思いやりは、単なる感情でなくそれ以上のもの、つまり、それを変換して行動することです。思いやりのフロム計画 (Compassionate Frome Project) の革新的な取り組みは、周りの人々を思いやる気持ちを、効果的に組織された社会的行動に変換し、ケアする側される側双方の価値感や目的を取り戻し、そしてそれ以上のこと、つまりコミュニティ全体への非常に実践的かつ経済的支援を、ひとつの町がどのように可能にしたのかを教えてくれます。

 思いやりのフロム計画が始まった3年前、町は医療の在り方を見直す必要に気付き、病の本質を考える方法を再検討しました。何の病気かわからないまま診療所に来ている人々でなく明らかに看護や治療が必要な人々への懸念や、適切な福祉手段に頼る術がないがために入院ベッドを占有する患者の数で、見直しが促されました。開業医のリーダー、ヘレン・キングストン (Helen Kingston) の特筆すべき展望と、ヘルスコネクション・メンディップ(Health Connection Mendip) [Mendipはサマセット郡北東部] のコミュニティ開発サービスのリーダー、ジェニー・ハートノル(Jenny Hartnoll)の構想力ある識見により、独立行政フロム町議会からかなりの財政的戦略的支援を受け、町ぐるみの新しい福祉計画が実行されました。

 思いやりのフロム計画は、保健センター、地域病院、社会福祉サービスを地元の慈善団体その他のグループからの提供可能なケアに連携させ、そして個人ボランティアのネットワークを募り大きくすることで、緊急入院を大幅に減らしコスト削減をもたらすモデルを考案しました。それは、思いやりから生まれる創造力は、より広い共同体にまたがるコミュニティライフを豊かにするという大きなヒントにもなりました。

 助け合い社会という観念はもちろん長らく存在してきました。人は進化の間中ずっと、いつもコミュニティに住み、いざこざがあっても助け合ってきました。常に目にするわけではありませんが、友人や隣人間の助け合いはまだ十分機能しています。しかし社会的移動性が高まった結果、社会の断片化が進み、そういう多くの絆が弱くなりました。そこで、そういう絆を強化し広げていくには、どんな方法がベストかという問いが生まれました。

 その問いに真剣に取り組む中で、この計画では4つの重点範囲を決めました。すなわち、コミュニティにある既存の全人材マッピングとそれに続くサービス要覧の編纂。困窮者支援や要覧内の適切な支援に繋げる意欲的なボランティア(いわゆるコミュニケーター)のネットワークの編成。住民から要望された新たなニーズに対応するグループの形成。そしてヘルスコネクター [健康支援機関との橋渡し役]との連携を通した1対1の個別支援関係の構築です。

 計画の開始時、フロム医療管轄内のコミュニティ開発サービスは、活動中のグループ他、地元や周辺地域で既に活動している人材を広範にマッピングしました。そのリストは大きくなり、28,000人の住民に対し、リスト登録は現在約400、さまざまなグループと組織が、支援、助言、仲間作り、創作活動を提供しています。

 中には、福祉提供に直に繋がるとは思えないものもあるでしょうが、繋がります。例えば、合唱団のメンバーになる価値は歌う楽しさの先にも拡がります。合唱団は、リハーサルに参加する意思が要りますが、参加するのに助けが要ることもあるでしょう。新メンバーは、一度参加すれば、共に歌うことで生まれる確かな調和の感覚はもとより、友人作りに絶好の場でもあると気づくでしょう。編み物や執筆など、他の共同創作活動も同じく、参加する価値がある交流の場を提供してくれます。

 町の人材は一度マッピングされると、その支援リストはヘルスコネクション・メンディップのウェブサイトに掲載され、一般市民と医療従事者双方からのアクセスが可能になります。フロム町議会の協力で、このリストにより、友人、家族、隣人、同僚が住居、教育、借金等の問題について支援者を探して助言を得る助けをする地区コネクターボランティアを募る機会も開かれました。

 地区コネクターは要支援の人の見極めや支援、案内について最適な訓練を受けます。2017年には、患者、介護者、学校、大学、介護機関、住宅組合、地域警察、市議会職員、居宅や養護施設で働く人々のための訓練セッションも行われました。一貫して強調されたことは、プライバシーの尊厳です。なぜなら、家族であろうと、隣人、友人であろうと、他者の生活に立ち入る感覚は、この全プロジェクトの成否に関わる基盤であり私たち皆が引き出せるものでもある持って生まれた人間的優しさにそぐわないからです。全体を通しての目標は、そういう思いやりが行き渡り、メンバーの福祉を純粋に思いやるコミュニティという実感を得られるような実践、緩く繋がりながらも思いやりある社会基盤を創ることです。

 その意味で、ヘルスコネクション・メンディップを通して提供される1対1の支援サービスは、具合の悪い人のニーズを満たすのに最適でしょう。ヘルスコネクターが、「あなたにとって大事なことは何ですか?」と尋ねるところから、患者の目標設定やそれを達成する一番良い方法を見つける手伝いが始まります。例えば、共同住宅の5階に独居の90歳の糖尿病患者が、1階で行われる合唱団に参加したくとも、そこへ下りていくには助けが必要です。名簿録を通して決められたボランティアは、その支援に同伴者を同行させ、参加を可能にします。患者も、グループとの交流の楽しさを知り、自分の糖尿病の状態により関心を持つようになるでしょう。このように、従来の介護計画より、かなり広い視野に立った目標ベースの患者中心ケアが行われています。

 フロム計画の最も意義あることのひとつは、既にある民間の支援ネットワークを利用し易くしたことです。様々な理由で、知人や大切な人が困っていても、手を差し伸べることができないこともあるでしょう。どう助けを求めたら、あるいは差し伸べられた助けをどう受け入れたらよいのか、戸惑うこともあるでしょう。多忙に明け暮れている人の負担になると思うこともあるでしょう。おそらく、私たちは単に、コミュニティライフを配慮するネットワークの重要性が分かっていないか、あるいは自身が心地よく思えること、つまり助けが有難く受け入れられると、助ける負担よりはるかに自分の方が励まされるということを知らないだけなのです。支援ネットワークを創ることは、ほぼなくなってしまい、それらがあることさえ知らずにいるのです。しかし、それらは常に私たちの生活に無くてはならないものであり、ずっとそうだったのです。

 よくある誤解に、介護ネットワークとは具合の悪い人の身体的もしくは精神的ニーズにのみ関与するというものがありますが、毎日の暮らしの支援(買い物、料理、掃除、犬の散歩、芝刈など)も同じように大切なことです。具合を尋ねたりお茶やお喋りに誘ったりするだけで、途端にその人の一日が良くなるでしょう。そのような無心の振舞が介護者のやる気を高めることも介護ネットワークの大事な側面です。

 しかもその恩恵は個人的なものに留まりません。病のプライマリーケアの見直しと思いやりあるコミュニティアプローチの組み合わせで、フロムは素晴らしい効果をおさめました。サマセット州全体では、緊急入院は29%、費用が21%増加したのに対し、フロムでは、入院が17%、費用が21%減少しました。これは、保健総予算の5%に相当します。記録上、他の介入では緊急入院を減らせていません。。。(全文はバックナンバーの購読にてお楽しみください。)

ジュリアン・アベル (Julian Abel):緩和ケア相談員。リンズィー・クラーク (Lindsay Clarke):フリーランサー記者。「A Manifesto for Compassionate Communities(思いやりあるコミュニティのためのマニフェスト)」www.resurgence.org もご覧ください。

Compassion is the Best Medicine • Julian Abel & Lindsay Clarke

A community project is cutting hospital admissions by reducing social isolation

307: Mar/Apr 2018

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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