変わらぬ穏やかさの先生

サティシュ・クマール(Satish Kumar) がテムズ川沿いを歩いた先頃の巡礼の旅を振り返る

翻訳: 佐藤 靖子 

サージェンス誌の50周年を記念して、私は妻のジュー ン (June) と息子のムクティ (Mukti) と共にテムズ川の源 流からオックスフォードまで50マイル (80 km) を歩きま した。この旅は6日かかりましたが、3日目からは50人 がこの巡礼に加わりました。テムズ川沿いを歩くのは 清々しく、心が動かされました。川はとても穏やかに 流れていて、動いているのがほとんど分かりませんでし た。父なるテムズ川はゆっくりであることは実は美し いのだと信じているように見えました。テムズ川は穏 やかでいることを教える先生になりました。 私たちが人生を旅しているように、川も旅をしている ことに私たちは気付きました。川が多くの支流によっ て豊かになるように、私たちはこの旅で様々な影響に よって豊かになりました。川はまっすぐ流れず、私たち の人生も同じです。川は障害物に出くわすと、戦うこと も止まることもしません。動き回って蛇行して流れ続け ます。人生の旅を全うするため私たちも同じようにす る必要があります。 この巡礼は、テムズ川の水だけでなく、地球と空気 と火に捧げる旅でもありました。この4つの要素は生命 の基盤です。時に私たちはこの単純な真実を忘れ当然 のことと思いがちです。巡礼の間毎日、私たちはこの真 実を忘れないよう、そしてこれは当然のことではない のだと自分たちに誓いました。 社会の主流派は、科学や技術のことで頭がいっぱい か、さもなければ、産業や経済ばかりに注目しています。 政治もビジネスもメディアも教育も、地球や空気、火 や水にほとんど目を向けず、ましてや配慮する気などあ りません。経済学者や実業家は自然を単なる経済資源 として見ています。けれども本当は、自然は資源ではな く、自然は全ての生命の源なのです。 科学や技術、経済や産業は単なるケーキにのってい る飾り物のアイシング(砂糖衣)ではありません。本当 のケーキは4つの要素でできています。アイシングだけ に目を向けて、アイシングを増やして食べれば、私たち は病気になるでしょう。私たちの地球が地球温暖化と いう熱の病気になり、土の枯渇や海や川の汚染、熱帯 雨林の破壊、空気の温室効果ガス汚染、化石燃料の燃 焼という間違った火の使用などに直面しているのも無

理はありません。巡礼の間、私たちは生命を形作って いる4つの要素を保護し、大切に使い、敬意を払うよう 権力者に強く呼びかけました。 自然はただ「そこにある」のではありません。私た ち人間もまた自然です。私たちは地球と空気と火と水 からできています。私たちの一つの体に、これらの要素 が一緒に入っています。私たちは危険を覚悟でこれらの 要素を汚染し、破壊して、衰えさせているのです。 科学と技術、経済と産業は全て健全ですが、4つの要 素が純粋で完全な状態でなければ、生命を支え維持す ることはできません。この分かり切った真実は常識で あるはずですが、残念ながらこの常識はもはや普通の ことではなくなってしまいました。

メディアや学校、大学、政治は、この要素に敬意を 払いその完全性を維持することについてほとんど話を しません。政治や実業界のリーダーが唱える現代のマン トラは経済成長、経済成長、そしてさらなる経済成長 です。しかも経済成長のマントラを唱える時、彼らは真 の意味での経済さえ意味していません。ギリシャ語の オイコス (oikos) は「家 (home)」という意味です。ギリ シャの哲学者の叡智では、地球全体が私たちの家です。 ノモス (nomos) は「管理 (management)」という意味で すから、「経済 (economy)」は「私たちの家(地球)の 管理 (management of our (planet) home)」という意味で す。政治家や実業界のリーダーはこの意味を忘れていま す。彼らにとって経済は単に財務であり、お金の動きで す。4つの要素を売買商品に変えることで社会がお金を 生み出す限り、彼らはそれを「進歩」と呼び、自分た ちが成功していると考え満足します。これは現代の大変 な悲劇です。 川沿いを歩く私たちの巡礼は、私たちの視点をアイ シングからケーキに変えるべきであるということを私たち自身、そして同胞である人間に思い出させるもの でした。ケーキが健全な状態であれば、アイシングにも 目を向けることができます。アイシングも、科学、技術、 経済、産業も全く悪くありませんが、ケーキをアイシン グに変えてしまっては、破滅を招くだけです。 川沿いを歩きながら、私は新しい事実を発見しまし た。4つの要素をまとめてお互いを結びつける、目に見 えない5つめの要素があることに気付いたのです。その5 つめの要素は想像力です。想像力があればこそ、生命を 維持する力である他の4つの要素に配慮し、それらを讃 え、敬い、感謝することができます。 残年ながら想像力は、丸ごと無視されているのでな ければ、他の4つの要素と同じように軽視され過小評価 されています。政治は得点を稼ぐこと、表面的なことや くだらないことばかり扱っています。主流メディアも意 味のないスキャンダルや悪口、侮辱、芸能人への異常な 関心であふれています。教育は、試験に合格し、仕事を 得て、産業主義や消費主義の機械に仕えるための手段 になり、想像力をそぎ落としてしまいました。芸術や 工芸、文化、精神性や美は2番目、3番目の位置に追いやられてしまいました。ビジネス、金融、製造業界に 入れるほど賢くない人々が、芸術や工芸、文化に携わ るのだと考えられています。その結果、芸術家や職人は ほとんど生計を立てることができません。 産業経済や消費文化は想像力の敵となってしまいま した。うつ病や欲求不満、不安や怒りが増えているの も当然です。想像力から栄養をもらえず心が飢えている のも無理はありません。 テムズ川の水に沿って自分たちの足で地面に触れ、 新鮮な空気を吸い、太陽の光で体を温め、私たちの家 である地球の持続力を想像することは、感動的な経験 です。50周年記念の会議とお祝いのイベント — 地球は ひとつ、人類はひとつ、未来はひとつ — に参加する ためにオックスフォードまで歩いて来るというのは、 まさにぴったりの組み合わせでした。 今大事なことは、地球と空気、火、水、そして想像 力への私たちの敬意を回復することです。

サティシュ・クマールは『土と心と社会』の著者。

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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