沓名 輝政

たのしあわせ研究所所長。自給研究家。ぢきゅう人。マザーアースニューズ日本版代表。週1起業家。日本折紙協会認定講師。国際折紙講師。

記事一覧(93)

人間と動物

プリシラ・アンダーソン (Priscilla Alderson) は、優しさと信頼は人間固有なものではないと確信しています。翻訳:斉藤孝子私は動物より人間にはるかに興味がありますが、私の娘アンナは、動物たちがその生活の中心です。娘は7歳の時、ギリシャ神話のケンタウルスさながらに馬で走り回り、お肉を食べるのも好きでしたが、動物の権利を尊重するため肉食を止めました。 娘は現在、ドーセットで馬の訓練治療センターを運営していますが、そこでの最近の3つの出来事が、私の動物への見方を大きく変えました。 まず、2匹の豚の話から始めましょう。その豚たちは壁に囲まれた庭の中にある小屋に棲み、地面を覆っている大量の雑草を根こそぎ食べていました。ペパは何日か具合が悪く小屋から出てきませんでしたが、その姉ジョージは、私の娘アンナが餌を持っていくと、ふだん通りすぐ駆け寄って来ました。でもジョージは、自分の分だけを食べると、残り半分はペパに残しておいたのです。ぺパには優しさや我慢することだけでなく、食べ物を公平に分けるという考えがあるようでした。 次の例はカーンという、やや気難しく少し脚をひきずる馬です。アンナはカーンの脚に多くの治療を試した後、「ホースウィスパラー(horse whisperer)[心理療法を用いる馬の調教師]」であるゲイナー・ダヴェンポートに往診を依頼しました。 ゲイナーはまずアンナに、カーンについての情報を一切自分に告げないよう注意してから始めました。ゲイナーは優しくカーンに近づき、安心させた後、自分の頭をカーンの頭に近づけました。それは、まるでカーンの思いとゲイナーの思いがほぼ触れ合っているかのようでした。長い静寂の後、ゲイナーはカーンから知ったことを伝えました。カーンはゲイナーに、自分には心雑音があり11歳であると伝えていました。アンナは心雑音については知ってましたが、9歳だと思っていたのです。記録をチェックすると、カーンはその通り11歳でした。 カーンはゲイナーに、自分の向かい側の厩にいた白黒の斑毛の馬がその前日連れていかれたこと、その馬は殺され次は自分の番だと怖がっていることも、伝えました。アンナは、その斑毛の馬は新しい飼い主に引き取られ幸せに暮らしていること、その馬もカーンもどちらも殺されたりしないことを話し、カーンを安心させることができました。 ゲイナーはカーンから、足の筋肉が痛むところを教わりましたが、そこはアンナが思っていたより下の方でした。これらの新たな発見やゲイナーの薬でカーンの跛行は完治し、気難しさが多少は残るものの、穏やかで幸せそうになりました。 私たちは、ゲイナーの仕事により、馬が人の話をいかに多く聞き、そして数、色、解剖学、時間、死などの抽象的な概念を明らかに理解している、ということに驚きました。問題は、馬がこれから起こる事や人間の意図をどのように想像するのか、現在だけでなく、過去の記憶やこれからの希望や心配に、どれほど多くの感情が反応するのか、です。センターでの治療計画を作る上で、とりわけゲイナーは、過去に虐待を受けた馬たちの記憶や、怪我、心配に耳を傾けることで、本当に重要な働きをしてきています。 3つ目の例は、フラッシュというジャーマンシェパードです。彼は、大型犬にしては長い13年の生涯を通し、ずっとアンナの親友であり最高の忠犬でした。彼は病状がひどく悪化し、白内障で目は見えず、痛みが続き、殆ど動けなくなりました。獣医さんの往診時、アンナは悲しくも、2日後に安楽死の注射を打ちに来てくれるよう段取りしました。 彼女はフラッシュをどこに埋葬するか友人らと話し、家の近くにしたいと、壁に囲まれた庭の2本の木の下に決めました。豚たちはつい最近ほかの雑草区画に移ったところで、それまで、犬たちは一度もその庭に入ったことはありませんでした。 2日後、獣医さんが来ると、フラッシュがどこにもいないではありませんか。アンナや友人らが畑や納屋の周りを探しても見つからず、どうやったらそんな遠くまで歩けるのかと不思議に思いました。ようやく壁囲いの庭をのぞくと、なんと、その2本の木の下にフラッシュが横たわっているではありませんか。フラッシュは、頭を上げると、まるで「アンナ、君を信頼しているよ。そう、正にここで、今こそ、僕は逝くよ。」と言うようにアンナの膝に頭をのせました。 フラッシュもカーン同様、自分が死にゆくことを含め、複雑でいくらか抽象的な概念を理解していたのでしょう。おそらく、彼はアンナの悲しみを和らげ、自分の死が与える彼女の辛さを少しでも減らしたかったのでしょう。自分の遺体を庭に運ぶという辛い仕事をさせずに済むようにしたのでした。。。(記事全文を読むには定期購読の登録をどうぞ)プリシラ・オルダーソン (Priscilla Alderson):ロンドン大学幼年期研究学教授Article - Humans and animals • Priscilla AldersonAre humans so very different from other animals?

思いやりのあるコミュニティに向けたマニュフェスト

より思いやりのあるコミュニテイ創造の呼びかけ。(ジュリアン・アベル&リンゼイ・クラーク)翻訳:坂井 晴香このマニュフェストは全ての人への呼びかけです。私たち全員に備わる人間の基本的な性質としての共感を認識する(その可能性であれ、その度合いがどうであれ)ことで、より多くの思いやりのあるコミュニティを創造するように呼びかけることです。 私たちは皆、友達や家族を大切にします。私たちは思うままに、隣人や困っている見知らぬ人に親切に接し、手助けをします。そして、そうしたケアは友情や信頼関係の基礎となります。このような心からの親切がなければ、どんな程度の人道的社会も全くありえません。しかし益々世界中で、強欲、嫉妬、不寛容、暴力、抑圧、不安によって社会が支配されていると見てとれます。個人のレベル、組織化されたグループや国家活動においても、共感や感情リテラシーの失敗をそうした発展が反映しています。 そのため、このマニュフェストは行動を呼びかけます。 個人的なもの、公的なもの両方に対する、全ての暴力や侵略へ挑戦し、拒否することを個人に呼びかける一方で、思いやりのあるコミュニティのマニュフェストは次のことを主張しています。私たちの生活で重要なあらゆる面、たとえば、教育、ビジネス、健康や福祉援助において、宗教において、地域、国家、国際間の政治において、私たちの生活を持続させる自然環境への適切なケアにおいて、人間の共感という基本的な価値を促す政治活動を体現する社会活動の必要性です。 個人の生活における思いやりのあるコミュニティ お互いへのケアが唯一の人間社会の正しい基礎です。家族、友達、隣人やコミュニティへの親切は自分本来の人生を生きる真の基礎であり、生活の質の基礎でもあります。それぞれの人には周りの人への責任があり、思いやるのあるコミュニティは私たちにこの責任を重視するよう呼びかけます。これは問題への解決策として、暴力や抑圧から転換することを意味します。人間の親切さによって支えられた対話や協力へ力を注ぐことによって、困難が解決されるにちがいないと主張しています。 身体的、性的もしくは心理的なものであれ、感情や渇望は人間の現実として存在します。しかし、暴力や攻撃という行動は、共感や感情のリテラシー、つまり私たち全てが生まれてから死ぬまでに育まれる必要がある性質が欠如しているということです。感情リテラシーは、慈悲によって立つよりも、様々でしばしば難解な感情を尊重する方法であり、思いやりのあるコミュニティという生活において、基本的要素です。より広範な社会の人種、ジェンダー、セクシャリティー、政治、宗教の多様性を賞賛する一方で、身体的、性的もしくは心理的な害を引き起こすことなく、感情を表現する方法を探しながら他の人をケアすることで、個人レベルにおける人種差別、性差別やその他の抑圧を思いやりのあるコミュニティは拒否しています。 教育における思いやりのあるコミュニティ 本来の教育は知識の習得以上のものです。道徳的な目的があり、それ故に、共感を育むことが教育プログラム全てにおいて必要です。これには、難解な感情を扱う熟慮した方法としての感情リテラシーの価値を教育することが必要で、さもなくば引きこされる害を避けるのです。 情報は電子メディアへのアクセスを持つ全ての人に、今では利用可能です。そのため記憶した知識を呼び起こす能力は、調和のとれた社会において、もはや必要とされません。私たちが学ぶべきことは、この情報にアクセスして賢く使うスキルです。思いやりは相手の感情を想像する行為ですので、想像力の創造的な活用は子供たちにとって身に付けるべき道徳的なスキルです。彼らが、自分たちの生命を支える自然環境への感性を育てつつ、他者、コミュニティ、最終的には彼ら自身の子供たちを適切にケアするとすれば、身に付けるべきです。 ビジネスとメディアにおける思いやりのあるコミュニティ 利益はビジネスが存続するための前提条件です。ただし、思いやるビジネスの責任とはただ利益を生み出すことだけではありません。ビジネスは雇用者をケアする必要があります。ビジネスは、私たちの子供やその子供のためにより良い世界を残す活動を確実にする必要があります。つまり人々と自然環境の健康や福祉を傷つけないビジネス手法を確実にすることです。ストレス、病気や損害時の支援を含めた被雇用者の福祉と士気への適切なケアを確実にする思いやりのある職場方針。ビジネス活動が環境の改善を支援し、どんな環境的損害も避け、修復するために信用に足る作用をしていることを確実にする環境へのケア。汚職の拒否。他者への影響に関わらず、汚職は共感の欠如をもって使われるもの。それは個人が賄賂を与え、受け取ることで、双方における強欲のあらわれです。 定義の上では製品、例えば軍事産業の製品。それは、人間や環境に害を引き起こもので、思いやりのあるコミュニティの世界においては、どこにも見つかりません。 平等、共感、ケアという人間の価値を促進し、搾取、人種差別と抑圧の広がりを避けるように、思いやりのあるコミュニティは全てのマスコミュニケーションメディアに呼びかけます。。。(全文はバックナンバー購読にてお楽しみください)Article - A Manifesto for Compassionate Communities • Julian Abel & Lindsay ClarkeA call to create more compassionate communities

学校改革が必要

フィオナ・カーニーは教育は倫理的、包括的で公平であるべきだと主張。翻訳:フリッツ 郁美英国中の学校が深刻な資金不足の結果として苦しんでいる時、私たちは実績を評価し、学校が目的に合っているかどうかについて根本的な質問をしなければなりません。 長期的に時代遅れのモデルに更にお金を投入して何が解決するのでしょうか? イギリスでは、1980年代後半から、国家カリキュラム、テスト、成績表、そして後にアカデミーとフリースクールのプログラムといった多くの費用がかかる教育開発が行われてきました。 恐らく、これらのどれ一つ、子供たちの心に留意したものではなく、むしろ政治的な目的のために考え出されたものです。 そして、教育の子供に対する影響や教育への若者の意識は、大部分が否定的です。学校について彼らが何を考えているのか尋ねると、あまりにも多くの子供たちが退屈だと言っています。信じられないほどの幼少時代の無駄。使えないほどのリソースの無駄。 教育の一つの目的が学習愛を奨励することであるならば、この論点だけでも、若者の多くの期待に完全に背くことになります。 社会として、若者の教育にへの関心を失わせるわけにはいきません。彼らは未来です。政府は正しくて、私たちの未来は教育システムの質に大きく依存していると言っています。しかし、これは、何のための教育なのか、どのような未来が想定されているかという問題を提起しています。これらの質問は、人間であることの意味、共通の人間性を実現するために教育が果たさなければならない役割についての根源にあるものす。 社会として私たちは皆、グローバリゼーションと紛争の影響に対処するための苦闘に気づいています。どちらも、コミュニティの結束と統合について深刻な疑問を投げかけています。 そして、気候変動の結果として私たちが直面する課題は緊急です。これら全ては、教育の目的について疑問を探すことを求めています。 教育とは、豊かな国に住む人々が、世界の発展していない地域の人々へ影響を及ぼさず、富を増やすことを可能にすることですか? 経済成長の執拗な追求を煽り立てるための労働力を提供することですか? そうであれば、私たちは、西側により天然資源や安い労働力を搾取されている国々で膨らむ不満を知るようになるでしょう。私たち西側の浪費に対して彼らが怒りや絶望を吐き出すにつれて知ることになるのです。  もし代わりに若い人々に、より公平でより持続可能な世界を創造するための価値観、態度、スキルを吹き込めば、不平等が徐々に解消していく社会、東西、南北が平和的に共存できる社会の創造に貢献することができます。他でもなく、これが教育の合理的な目標です。 もはや地球規模の分裂を助長する情報と知識を若者に与えることでは事足りません。倫理を言及せずに教えられた科学、歴史、地理、文学、経済学、食品技術は不毛です。知識を空虚に伝える代わりに、私たちは子供たちに、問題間のつながりや問題が現実の世界にどのように関連しているかを描くことによって、その知識の力を見せる方法を見つけなければなりません 授業を通して若者が農業者、製薬会社、石油産業、スーパーマーケット、衣料品製造業者の責任を見いだすならば、彼らもグローバルコミュニティの一員として責任を持つことを理解して学校から巣立つ可能性が高くなります。また、洋服を買ったり、ハンバーガーを食べたり、車を運転したり、洗濯乾燥機を動かしたりするという個々の行動が、世界のさまざまな地域の人たちに影響を与え、自分たちの道徳的な選択が個々の行動にあることを理解するのです。 子供たちが学校でこれらの問題に関わることを学ぶのに、分析し、質問し、討論し、表面下を掘り下げて学ぶ場合、よりよい世界を形作るチャンスがあります。若者たちは、それぞれの仕事や人生の生き方を通じて肯定的な貢献が可能であることを知る機会があるのです。 どのようにして、子供たちが何をいかに学ぶのかと言うこのシフトを実施できるのでしょうか?学校はこの倫理的次元をどのように組み入れて、子供たちが個人的に批判的に考え、倫理的選択をするように挑戦させることができるのでしょうか? 子供たちが地域の問題を理解するまでは、グローバルな問題に取り組むことは困難です。 したがって、彼ら自身の経験は出発点でなければなりません。 2つの重要な問題は、学校のコミュニティのメンバーがお互いどのように対処するのか。 そして学校のコミュニティは全体として世界をどのように配慮するのかです。 これらの質問に答えるために、学校は公平、包括的、倫理的になる方法を見つけなければなりません。各人が社会の縮図で、世界をどのようにしたいかです。 これらの質問が学校で取り上げられれば、社会全体が取り組む可能性が高くなります。 平等なコミュニティになることで必然的に、すべての子供、教師と親に声を届け、声がそれぞれ確実に聞かれ、すべての声が考慮されるようになります。子供たちが学習や評価、学校の運営方法に関わる意思決定に携わると、より関わり、意欲的になります。 関わる問題についての議論や意思決定に両親が参加する機会があれば、彼らの子供たちはより良くなります。 また、教師や学校が学生に適した方法やアプローチを開発する自主性を持っている場合、地元の家族のニーズをよりよく満たすことができます。 学校は、すべてのメンバー(大人も子供も)思いやることによって包括的になります。 関係の重要性に焦点を当てることにより、個々の子供とその家族が確実に周知されているようにすることにより、すべての教師に彼らの学問的役割と統合された個人的指導の責任を与えることにより、学校はすべての子供が安全でサポートされていると感じていると保証できます。 これは小さな課題ではありませんが、関係をただ真摯に受け止めることで、人種、肌の色、信念、外見、身体障害、性的指向にかかわらず、学校コミュニティのすべてのメンバーをただ尊重することで、本当に包括的であると言うことができます。 倫理的なコミュニティであるためには、学校は彼らの信念、カリキュラム、政策、実践が統合され、道徳的な目的があることを保証しなければなりません。これが実際に意味することは、子供たちに教えていることと、学校の日々の運営方法が、お互いに矛盾していないということです。 例えば、子供たちがフェアトレードを学ぶ場合、学校の購買方針はフェアトレード商品を可能な限り優先させるべきです。 子供たちが戦争の無駄を学んでいる場合、学校銀行口座は、武器取引に投資する銀行にすべきではありません。 子供たちが気候変動について学んでいる場合、車よりも自転車を優先する学校交通政策や、学校を断熱し、再生可能エネルギーを購入することを含むエネルギー政策と連携しなければなりません。このようにして、子供たちは変化が可能であり、自分たちがその一部であることを学びます。 また、「コミュニティ」という言葉で重点が置かれているのは学校の創造です。その学校とは、すべての人々が所属意識を持って積極的に貢献でき、教育が、イノベーションを賞賛し、創造性を発揮する有意義かつダイナミックな妥当なプロセスであり、刺激的なアイデアが開花し根を張る場所です。これは21世紀の学校にとっての課題であり、現在はイングランドの制度がそこまでは成長していないように見えます。。。(全文はバックナンバー購読にてお楽しみください)フィオナ・カーニー (Fiona Carnie) は教育学者であり作家。 彼女の著書「教育の代替アプローチ (Alternative Approaches to Education)」Routledge 社より2017年5月に出版。近著「ボトムアップから私たちの学校を再建する (Rebuilding Our Schools from the Bottom Up)」もまた Routledge 社より2018年1月に出版。Article - We Need a Schools Revolution • Fiona CarnieSchools should be ethical, inclusive and equitable

費用を見積もった平和の計画

クライヴ・バレットは紛争を抑制するための計画に感化されている翻訳:坂井 晴香「The Business Plan for Peace: Building a World Without War(平和に向けた事業計画:戦争のない世界をつくる)」スカラ・エルワシー (Scilla Elworthy) 著。ロンドンの Peace Direct [戦争を抑止する国際慈善団体]が 2017年に出版。ISBN: 9781999816407平和はユートピアのような概念で、現実世界では、戦争、武器取引、大金の防衛予算に代わるものはないと、現実主義者や政治家たちは理想主義者や夢想家に言います。スカラ・エルワシーはしっかり論じ、理解しやすい熱弁をもって、異を唱えています。 政府、慈善団体、企業、個々の読者いずれによって着手されるかに関わりなく、変化への実践的な可能性がエルワシーを動かしています。そして彼女は変革を起こしてきた人たちに出会い、平和への変革を起こすことは可能だと知っています。  Oxford Research Group(安全保障を研究するシンクタンク)と Peace Direct(地域の非暴力に力添えする慈善団体)の両方を設立しただけでなく、The Elders(平和運動を共にする世界的リーダーらの組織)に彼女は助言しました。(残念なことにアウンサンスーチーが信頼を失う前にこの本は出版されました。第2版では、政治の行為を変えるという自己認識の例から外されるでしょう。) 本の前半は数学者の心をくすぐる統計から抽出されたものです。8人が全人類の半分の最も貧しい人たちと同じだけの富を持っています。世界的な軍事支出は1.7兆ドルと言われ、その4分の1以下で、地球上の誰もが教育、きれいな水、衛生的な環境を得るとができます。 統計の目的はエルワシーの提案する一連の国際開発イニチアチブの事例を示すことです。世界的な軍事的文化を平和のための文化に変えるために25の実践的な計画の正確な概要を中心的に扱っています。 各々の計画について述べられているのは、その根底をなす原則です。それは世界各地で見事に機能している原則についてのエルワシーの経験による実践例であり、続けて概ね1文または2文の簡潔な提案がなされています。これには後に概算が与えられています。 エルワシーは規模の大きな思考をするのが得意ですが、提案の信頼性は彼女の挙げた心を揺さぶる事例に基づいています。パキスタンの北西部で非暴力を掲げる学校、コンゴ民主共和国で今日民兵から子供兵をヤギと交換に手に入れている以前子供兵であった人々、和平交渉の合意が得られるまで男性たちの退出を拒否ししている何千人ものリベリア人女性といった逸話があります。 概算は簡単な計算でできるとは言え、十分エルワシーの提案に必要な金額の規模を示しています。 紛争地域における地域住民による平和構築の組織への10年にわたる支援に1401億4千万ドル、関連する国における4つの真実和解委員会に2千4百万ドル、最も紛争の激しい10カ国にある平和と安全保障センターにそれぞれ25憶ドルの概算です。 暴力的紛争を防止すべくこれら全ての計画の10年間の総費用は20億ドルを下回ります。膨大な額に聞こえ、実際そうですが、企業の予算の中に収まります。戦争にかかる年間支出は地球上の一人当たり220ドル以上かかります。それに対して、この平和に向けた計画は一人当たり平均3セント以下の費用で済みます。 私にはたくさんの質問があります。誰がこれらのプロジェクトの「責任者」なのか?誰が実行しているのか?詳細はどのようなものなのか?それらは西洋の覇権主義を別の形で表したものなのか?しかしこれらの質問は要点の一部です。戦争は不可避だとは思わないようにしましょう。平和に向けて現実的に可能なことを議論しましょう。そしてそれを実行しましょう。。。(記事全文を読むには定期購読の登録をどうぞ)クライヴ・バレット(Clive Barrett)は、西ヨークシャーのブラッドフォードにあるPeace Museumの理事長。A Costed Plan for Peace • Clive BarrettReview of The Business Plan for Peace: Building a World Without Water

蔓に花咲く地域精神

ヘレン・アイレズはカタルーニャが独立を求めることは地域のワイン職人の声を反映していると見ている翻訳:馬場 汐梨「私の大叔父は1930年代にカタルーニャ共和国に勤めていました」と、今は自分が祖父になっているエンリックは言います。「フランコ政権下ではカタルーニャに勤めている人や文化的な仕事をしていた人は投獄されました。彼は牢の中でその貧しい環境により亡くなりました。」 ヴェガ・デ・リベスの貯蔵庫に座って、今年の収穫物で作ったできたてのワインときれいなグラスを手に、エンリックの目が輝いたのを見ました。彼の声には悲しさが混じっていました。彼は家族の苦難をセンセーショナルに伝えることはせず、カタルーニャ人にとってどのように政治的なことが個人的なことであるかを説明するようにして私にこの話を語ってくれました。 ローマ時代の何百年も前に、フェニキア人が中東の地中海沿岸からカタルーニャ地方に初期のアルファベットと共にぶどう栽培をもたらしました。エンリックのような現代のカタルーニャ農家が継いで、伝統的な種類のぶどうを使ってユニークなぶどう酒を発展させていますが、ワイン製造はそれほど長い歴史を持っています。 近年の独立運動はカタルーニャ内部やスペイン、そして世界中で意見を分裂させているように、カタルーニャ文化を認めさせるための努力は表面化してきています。一世代前では、エンリックの母親は家の外でカタルーニャ語を話すことが法で禁じられていました。母語を学ぶことや書くことも認められていませんでした。しかしカタルーニャの言語や文化は復活を遂げています。今日では、人口の少なくとも40%が世代間や学校、政府機関やメディアでカタルーニャ語を話しています。さらに、カタルーニャは繁栄している地域で、スペイン経済全体の20%に貢献しています。 先の見えない世界で、カタルーニャのワイン職人にとって独立とは何を意味するのでしょうか?地域の 2 大ワイン製造社であるフレシネとコルドーニュの役員は、スペインから分離することは「恩恵ではなく負担」だと話し、商品の流通や課税を指摘しました。しかし小さい生産者ではどうでしょうか?個人農家はそれをどう理解しているのでしょうか? エンリックの農地、ラ・セラでは中世から彼の家族によって受け継がれています。彼らは毎年平均18,000本を生産し、海外との貿易や観光に依存しているので、カタルーニャで起きているストライキ、政治的騒動、そしてとりわけそれが海外でどのように見られているかがカタルーニャの経済を悪化させるといち早く気づきました。 「近年ここを訪れない選択をした潜在的なお客さんがいるのです」と彼は説明します。「もちろんカタルーニャ経済に大きく貢献している観光客もただどこか違うところに行ってしまうでしょう。」財政問題はカタルーニャが独立を求める最も大きな理由で、カタルーニャからマドリードに送られた税金がどれだけカタルーニャのインフラを作ったり整備したりするために戻ってこないかという話に真実があるとエンリックは強調します。 「これは道路や公共交通機関、病院や学校に影響します」と彼は言います。「私たちはただこんなことを続けることはできないのです。」ウェールズ人の私にとって、中央集権化した政府が遠く離れて独自性をもった地域のニーズや問題をどのように見過ごし、無視したり単純に勘違いするかということを理解するのは簡単です。その土地の近くに住んでいる人たちや統治されている人たちの手に権限が分譲されます。今現在の疑問は、カタルーニャだけでなく例えばスコットランドやヴェニス、フランドルのような地域でも同様ですが、これがどこまで許されるのかということです。 政治に加えて、他の質問も浮かんでいます。そしてエンリックが「レジリアンス(弾力)」という言葉を使う時、私たちは一般的なことから具体的なことまで横断してきたのだとわかります。彼は生涯同じ土地にずっと住んでいる農家です。それは現在の西洋社会ではめったに見ることのできない土地と人のつながりで、これがエンリックの個人的な弾力をもたらしています。30年前、彼はすべての作物を化学肥料フリーの生産に替えるというオーガニックな方法に切り替えることを選んだ時、一歩先を行っていました。今は気候変動に対応して補正しています。 有機農業研究協会の調査によると、ヨーロッパにおける有機ぶどうの 3 分の 1 がスペインで栽培されています。1970 年代には、サント・パウ・ドルダルのペネデースの町にあるアルベット・イ・ノヤもヴェガ・デ・リベスと同じくらい、オーガニックな方法で売り出していました。今日では、80 ヘクタールのぶどう畑から年間百万本以上を生産しています。オーガニックの技術は除草剤の代わりに機械での除草を含みます。また、化学肥料よりも健康的な土壌に重きを置きます。ぶどうの列の間や端の間作には灌木や生垣が用いられ、土壌の浸食を防ぎ、益虫に自然の住処を与えることで生物多様性を改善しています。 加えて、オーガニックワイン職人は土地固有の酵母での発酵に献身して自然な商品にし、ワインの保存を助けると同時に二日酔いの原因にもなる添加物である二酸化硫黄の使用を減らしています。アルベット・イ・ノヤのワインツーリズム活動の企画を手助けしているアナ・トレダーノは、彼らの哲学は自然環境に対する尊敬と、生命や健康への自然なアプローチが取り巻いていると語ってくれました。 それは、私が35歳の指定ワイン専門家のアシスに出会った、カン・スリオルでの話と似ています。彼は家族のぶどう畑で小さなグループと共にウイ・ダ・リャブラ種の黒ぶどうを収穫している真っただ中です。大型トラックの中に山盛りのバケツで何杯も空けながら、アシスは自分が他の仲間と違って「世代を欠かなかった」のはラッキーだと感じると言います。彼の両親は自分たちのすべてのぶどうを大量処理のために大規模ぶどう農園に届けるという流行に逆らって畑に多額を投資しました。彼らは小規模のワイン生産やツーリズムに焦点を当てていて、もうすぐ農場内の古い家屋をカサ・ルラールとしてオープンします。 彼らの新しい貯蔵庫には将来のためにアルミ製の大きな桶が備えられていますが、今はまだ地下のコンクリートの貯蔵庫とクリのバケツでワインを発酵させることを選んでいます。伝統的な技術に加え、アシスは地域原産のぶどうを使用することの重要性を強調します。土地に深く根付き、彼はその特性に依って「ぶとうと共に」生きることが最も重要だと考えています。彼が受け継ぎ選択した芸術と職人技術に夢中なアシスは、「いいぶどうを育てることで、他の何かを付け足す必要なくしていいワインが作れるのです」と説明します。 ヴェガ・デ・リベスを作るのに、エンリックは地元の居住者、マヌエル・ジョピス・イ・デ・カスデス(Manuel Llopis i de Casdes)によって絶滅から守られた品種のマルヴァジア・デ・シッジェスの甘いみずみずしさを好んでいます。この地域のヒーローは自分のぶどう畑を海岸沿いに作り、ワインを栽培し続けるという条件で、その土地を地元の慈善団体に遺言によって譲りました。これらの青い、ほとんど透明に近いぶどうの一房を茎の上でやさしく手で覆いながら、エンリックはマルヴァジアが特に気候変動によってもたらされる気候のパターンに適しているのだと説明します。春の異常な酷暑では早い収穫をすることになるのですが、これは摘み取りをする人には問題で、比較的涼しい 9 月を待たずに夏の酷暑の間に収穫しなければならないのです。しかし、マルヴァジアは熟すのに余分に時間がかかるので処理するのを秋まで置いておけるのです。。。(全文はバックナンバー購読にてお楽しみください。) 彼らがワイン絞りの儀式を体験させてくれ、トラック何台分もの採れたてのぶどうが甘くてわずかに泡立ったジュースに変わりましたが、その間この二人の農家は気候変動について淡々と話してくれました。彼らにとって、それは現実です。彼らのライフスタイルは季節にとても調和しています。彼らのビジネスは降水量と日照を探知して予測し、また合わせる能力にかかっています。ラ・セラが独自の気象台を持っているほどに。両者のぶどう畑は、カタルーニャが特に影響を受けやすい干ばつを含めて変わりゆく天気や気候パターンに合わせるシステムになっています。この認識は地元の農園で持続可能な方法で生産されたオーガニックのコルクを使うことにまで及んでいます。 ワインはカタルーニャ文化にとって重要な特徴で、農家たちはカタルーニャ人の独立にかける情熱をワイン生産に生かしています。カタルーニャ語を復活させる努力を決定したことや政治的自決を求める闘いを反映させています。マドリードの政府はカタルーニャが自己表現する方法を好んではいないでしょうが、たった一世代でどのように違法言語が寿命を得たかは心にとめているでしょう。カタルーニャの文化的なイベントでの熱狂的な参加と同様、各小町村はコミュニティ全体で伝統衣装をまとったり音楽や歌に満ちた楽しいパレードを行ったり一つになっています。 おそらくもっとも驚くべき側面は若い世代が年配層と同じくらい関わっていることです。農家の家族においては働いてワイン文化やワイン醸造、マーケティングやグローバル市場でのワインのプロモーションについて学んでいます。エンリックの息子のビエルは最近アイデアやインスピレーションを交換するためにカリフォルニアで過ごしました。そしてアシスも、新しい技術を学ぶために旅をしました。何世紀にも渡って受け継がれた知識を持っているだけでなく、彼らは新鮮なアイデアを進んで取り入れています。このことはカタルーニャが過去に根付いていると同時に未来にも油断のない文化だということを表しています。 この特徴の説明をわかりやすくするために、エンリックはカタルーニャの地理的な場所を指摘します。広い山脈と川の奥地にあり、片側はフランスとの境界がありもう片方にはスペイン本土があります。海にも開かれており、伝統的に異文化に寛容で難民を含めた移民を受け入れる姿勢でした。 私はワインの専門家ではありませんが、これらのワイン職人が、自分たちが売る商品はもちろん、自分たちが耕す土地をここまで深く気遣っていることに勇気づけられました。カタルーニャに住む外国人として、ぎこちない言葉に関わらずただ好意と優しさを受けてきました。政治がどうなろうと、カタルーニャの人々が自分たちのユニークな見解を世界に発信し続けることは間違いないでしょう。おそらく、私たちのように、それが彼らが本当に望んでいることなのでしょう。ヘレン・アイレズ (Helen Iles) はカタルーニャ在住のライター兼映画製作者です。Local Spirit • Helen IlesThe winemakers of Catalan on the call for independence and its impact on their livelihoods

思いやりは最良の薬

コミュニティを強化することで入院患者を減らすことに成功した健康福祉プロジェクトについてジュリアン・アベルとリンズィー・クラークが考察翻訳:斉藤 孝子医療従事者は、人が発病すると概して衰弱が次々と起こることに、ずっと悩まされてきました。病は人を疲れさせます。疲れると動くのが億劫になり、家から出る活力や気力が低下します。料理や清掃など家事をする気がなくなります。生活の糧である仕事に行く気になりません。そんな無気力状態は社会的孤立をもたらし、同時に自尊心を低下させます。衰弱し切った中、自分のなんたるかがぼやけ始め、やがて、生きている意味があるのか問い始めるかもしれません。 孤独は、しばしば、そういう衰弱の原因にもなり結果にもなります。これについては、ジョージ・モンビオットが最近のリサージェンス誌上、305号「帰属意識を再構築 (REBUILDING WITH A SENSE OF BELONGING)」で、慢性的な孤独は早期死亡のリスクを20%以上高めると述べています。それは、具合が悪くても、周りに気遣ってくれるコミュニティがない時に起こることです。最近では、悪いところがなくても孤独感と自尊心の喪失に悩む人が増えています。ですので病人の窮状は、医療提供では及ばない問題があることをはっきり示しています。それは心不全を起こしたコミュニティの切羽詰まった呻きです。 イギリス南西部サマセット郡にあるフロムという町の最近の成果は、そのような増大する危機への最も効果的な対処は、より広範なタイプのコミュニティライフでの積極的な思いやりの回復にあると示唆したことです。私たちは、他人の苦しみに心を痛める時がおそらく最も人間的であり、そういう気持ちは、ほとんどの人が持っていたい類のものです。ただし、真実の思いやりは、単なる感情でなくそれ以上のもの、つまり、それを変換して行動することです。思いやりのフロム計画 (Compassionate Frome Project) の革新的な取り組みは、周りの人々を思いやる気持ちを、効果的に組織された社会的行動に変換し、ケアする側される側双方の価値感や目的を取り戻し、そしてそれ以上のこと、つまりコミュニティ全体への非常に実践的かつ経済的支援を、ひとつの町がどのように可能にしたのかを教えてくれます。 思いやりのフロム計画が始まった3年前、町は医療の在り方を見直す必要に気付き、病の本質を考える方法を再検討しました。何の病気かわからないまま診療所に来ている人々でなく明らかに看護や治療が必要な人々への懸念や、適切な福祉手段に頼る術がないがために入院ベッドを占有する患者の数で、見直しが促されました。開業医のリーダー、ヘレン・キングストン (Helen Kingston) の特筆すべき展望と、ヘルスコネクション・メンディップ(Health Connection Mendip) [Mendipはサマセット郡北東部] のコミュニティ開発サービスのリーダー、ジェニー・ハートノル(Jenny Hartnoll)の構想力ある識見により、独立行政フロム町議会からかなりの財政的戦略的支援を受け、町ぐるみの新しい福祉計画が実行されました。 思いやりのフロム計画は、保健センター、地域病院、社会福祉サービスを地元の慈善団体その他のグループからの提供可能なケアに連携させ、そして個人ボランティアのネットワークを募り大きくすることで、緊急入院を大幅に減らしコスト削減をもたらすモデルを考案しました。それは、思いやりから生まれる創造力は、より広い共同体にまたがるコミュニティライフを豊かにするという大きなヒントにもなりました。 助け合い社会という観念はもちろん長らく存在してきました。人は進化の間中ずっと、いつもコミュニティに住み、いざこざがあっても助け合ってきました。常に目にするわけではありませんが、友人や隣人間の助け合いはまだ十分機能しています。しかし社会的移動性が高まった結果、社会の断片化が進み、そういう多くの絆が弱くなりました。そこで、そういう絆を強化し広げていくには、どんな方法がベストかという問いが生まれました。 その問いに真剣に取り組む中で、この計画では4つの重点範囲を決めました。すなわち、コミュニティにある既存の全人材マッピングとそれに続くサービス要覧の編纂。困窮者支援や要覧内の適切な支援に繋げる意欲的なボランティア(いわゆるコミュニケーター)のネットワークの編成。住民から要望された新たなニーズに対応するグループの形成。そしてヘルスコネクター [健康支援機関との橋渡し役]との連携を通した1対1の個別支援関係の構築です。 計画の開始時、フロム医療管轄内のコミュニティ開発サービスは、活動中のグループ他、地元や周辺地域で既に活動している人材を広範にマッピングしました。そのリストは大きくなり、28,000人の住民に対し、リスト登録は現在約400、さまざまなグループと組織が、支援、助言、仲間作り、創作活動を提供しています。 中には、福祉提供に直に繋がるとは思えないものもあるでしょうが、繋がります。例えば、合唱団のメンバーになる価値は歌う楽しさの先にも拡がります。合唱団は、リハーサルに参加する意思が要りますが、参加するのに助けが要ることもあるでしょう。新メンバーは、一度参加すれば、共に歌うことで生まれる確かな調和の感覚はもとより、友人作りに絶好の場でもあると気づくでしょう。編み物や執筆など、他の共同創作活動も同じく、参加する価値がある交流の場を提供してくれます。 町の人材は一度マッピングされると、その支援リストはヘルスコネクション・メンディップのウェブサイトに掲載され、一般市民と医療従事者双方からのアクセスが可能になります。フロム町議会の協力で、このリストにより、友人、家族、隣人、同僚が住居、教育、借金等の問題について支援者を探して助言を得る助けをする地区コネクターボランティアを募る機会も開かれました。 地区コネクターは要支援の人の見極めや支援、案内について最適な訓練を受けます。2017年には、患者、介護者、学校、大学、介護機関、住宅組合、地域警察、市議会職員、居宅や養護施設で働く人々のための訓練セッションも行われました。一貫して強調されたことは、プライバシーの尊厳です。なぜなら、家族であろうと、隣人、友人であろうと、他者の生活に立ち入る感覚は、この全プロジェクトの成否に関わる基盤であり私たち皆が引き出せるものでもある持って生まれた人間的優しさにそぐわないからです。全体を通しての目標は、そういう思いやりが行き渡り、メンバーの福祉を純粋に思いやるコミュニティという実感を得られるような実践、緩く繋がりながらも思いやりある社会基盤を創ることです。 その意味で、ヘルスコネクション・メンディップを通して提供される1対1の支援サービスは、具合の悪い人のニーズを満たすのに最適でしょう。ヘルスコネクターが、「あなたにとって大事なことは何ですか?」と尋ねるところから、患者の目標設定やそれを達成する一番良い方法を見つける手伝いが始まります。例えば、共同住宅の5階に独居の90歳の糖尿病患者が、1階で行われる合唱団に参加したくとも、そこへ下りていくには助けが必要です。名簿録を通して決められたボランティアは、その支援に同伴者を同行させ、参加を可能にします。患者も、グループとの交流の楽しさを知り、自分の糖尿病の状態により関心を持つようになるでしょう。このように、従来の介護計画より、かなり広い視野に立った目標ベースの患者中心ケアが行われています。 フロム計画の最も意義あることのひとつは、既にある民間の支援ネットワークを利用し易くしたことです。様々な理由で、知人や大切な人が困っていても、手を差し伸べることができないこともあるでしょう。どう助けを求めたら、あるいは差し伸べられた助けをどう受け入れたらよいのか、戸惑うこともあるでしょう。多忙に明け暮れている人の負担になると思うこともあるでしょう。おそらく、私たちは単に、コミュニティライフを配慮するネットワークの重要性が分かっていないか、あるいは自身が心地よく思えること、つまり助けが有難く受け入れられると、助ける負担よりはるかに自分の方が励まされるということを知らないだけなのです。支援ネットワークを創ることは、ほぼなくなってしまい、それらがあることさえ知らずにいるのです。しかし、それらは常に私たちの生活に無くてはならないものであり、ずっとそうだったのです。 よくある誤解に、介護ネットワークとは具合の悪い人の身体的もしくは精神的ニーズにのみ関与するというものがありますが、毎日の暮らしの支援(買い物、料理、掃除、犬の散歩、芝刈など)も同じように大切なことです。具合を尋ねたりお茶やお喋りに誘ったりするだけで、途端にその人の一日が良くなるでしょう。そのような無心の振舞が介護者のやる気を高めることも介護ネットワークの大事な側面です。 しかもその恩恵は個人的なものに留まりません。病のプライマリーケアの見直しと思いやりあるコミュニティアプローチの組み合わせで、フロムは素晴らしい効果をおさめました。サマセット州全体では、緊急入院は29%、費用が21%増加したのに対し、フロムでは、入院が17%、費用が21%減少しました。これは、保健総予算の5%に相当します。記録上、他の介入では緊急入院を減らせていません。。。(全文はバックナンバーの購読にてお楽しみください。)ジュリアン・アベル (Julian Abel):緩和ケア相談員。リンズィー・クラーク (Lindsay Clarke):フリーランサー記者。「A Manifesto for Compassionate Communities(思いやりあるコミュニティのためのマニフェスト)」www.resurgence.org もご覧ください。Compassion is the Best Medicine • Julian Abel & Lindsay ClarkeA community project is cutting hospital admissions by reducing social isolation

繁栄する食のシステムへの共通の道筋

フィリップ・リンベリーは、どのように工業的農業がありのままの自然を脅かすかをマリアンヌ・ブラウンに語る翻訳:坂井 晴香とある土曜日、あなたはフィリップ・リンベリーを見かけるかと思われます。彼は活動の慈善団体 Compassion in World Farming (CIWF) の最高経営責任者。ハンプシャー州ピーターズフィールドの彼の自宅の近くにあるカフェでむしゃむしゃとハンバーガを食べています。しかし全てがありがちのものではありません。 「なかなか目新しいことなのです。なぜならここの製品は、チキンナゲット、チーズクォーターパウンダーといったマクドナルドで見つけられる食べ物を模倣し、同様に売られていても、全て植物由来のものなのです。」と彼は話します。 彼は実際にマクドナルドのハンバーガーを食べることになりますが、成果を上げようと、この10年以上同社と一緒に働いてきたというのが彼の話に最も近いでしょう。 「驚くほど変化について対話をするようになったと私は感じます。」と彼は語りました。 「イギリスや西ヨーロッパにおいて、平飼いの卵だけを使い、イギリスでは温かい飲み物に使われる全ての牛乳が有機飼料で育てられ、肉牛は放牧された家畜です。また、アメリカではケージなしで育てる卵のみに取り組んでいます。」 動物の福祉、人間の健康と環境へのダメージを強調することで集約農業の実践を終わらせるというミッションのもとに、CIWFがこの10年協働してきた、800もの食品企業のうちの一つがマクドナルドです。最近、この組織は絶滅危惧種の脅威に関わるもう一つの危険性を警告しています。 2014年に出版された彼の著書「Farmageddon」を売り出していた時に、南アフリカのボルダーズビーチを訪問し、繋がりを作ることができたとリンベリーは語ります。 「私はアフリカンペンギンを見に行きたかったのです。」と言います。「ビーチにいる間、ピルチャードとアンチョビの乱獲による食糧供給の減少が、ペンギン絶滅の主な脅威となっていると書かれた看板を見ました。工業的農業向けのアンチョビ漁を太平洋で見るという活動をして気付いたのですが、かつて栄えたアフリカンペンギンが絶滅の危機に瀕している理由は、工業用家畜を養う魚肉を粉砕するために小さな遠洋魚を大量に収穫しているからです。それがペンギンを追い出し、それと同時に北半球のツノメドリを飢えさせています。工業的農業、家畜のケージ飼い、象徴的な野生動物の死滅の間に、いかに多くの明確な連動があるものかと深く考えさせられた繋がりでした。」 それは環境保護主義者たちにめったに語られることのなかった繋がりでした。「なぜなら彼らの懸命な努力が不十分だったから。」とリンベリーは言います。「環境保護主義者の中には、肉製品、とりわけ工業的に育てられたもの、そしてその自然環境への影響に対する否定をする人もいます。ところが、家畜を工業的農業に押し込むという考えを、空間を節約することによって野生動物のための空間を残すことができるとあまりに多くの環境保護主義者たちがみなしています。しかし、それは真実からは程遠いのです。なぜなら家畜をケージの中に閉じ込めてから、私たちがすべきことは、家畜の飼料を育てるために耕作可能で広大な土地を提供し、農作物の価値をほぼ台無しにしながら、肉製品や乳製品、卵に変えているからです。私にとってそれは食卓に上がる狂気の沙汰です。」 3年がかりの調査によってリンベリーが導き出した発見は「Dead Zone」という本となりました。「人やイベントの点と点をつなぐ」沢山の方法を見つける必要があるという、消費者からの視点に、その過程で彼とその仲間たちは気付きました。 「人々は動物をケージの中に入れることが残酷だと考えますが、しかし家畜をケージに入れることは残酷なだけではなく、ペンギン、象やジャガーの死滅に結びつくというのは、より複雑な話です。」と彼は話します。そうして、参加型スピーチ、「STOPTHEMACHINE(機械を止めて)」という対話型の展示、ロンドンにおける二日間の会議を含めた包括的なコミュニケーションキャンペーンを始めることを団体として決めました。 「実際のところ工業的農業が野生動物の減少の主な要因となっているというメッセージを広めたかったのです。私たちは、グリーンムーブメントの担い手として、その先鋒になり、手遅れになる前に食い止める必要があるのです。」とリンベリーは振り返ります。 世界自然保護基金との連携によって開かれた「Extinction and Livestock(絶滅と家畜)」という会議は変化を訴えかけるイベントとして告知されました。そこで、集約的農業の影響や「食のシステムの養育」に向けた行動方法を議論するために、環境保護主義者、農家、健康の専門家、マクドナルドやテスコといった食料分野の多国籍企業の代表者が一堂に集いました。。。(全文は定期購読にてご利用ください。)。。。 変化を起こしたい人誰もが、マクドナルド方式の中にビーガンハンバーガーを求めているわけではないものの、CIWFでのリンベリーとその仲間たちの活動がこのメッセージの緊急性を力強く訴えています。マリアンヌ・ブラウン (Marianne Brown) はリサージェンス & エコロジストの副編集長。「Dead Zone: Where the Wild Things」は2017年にBloomsburyより出版。A Shared Path to a Flourishing Food System • Marianne BrownFactory farms are threatening nature in the wild

慈悲

翻訳:沓名 輝政リサージェンスが半世紀以上前に創刊されて以来、私たちは地球、社会、人間精神が直面する課題に積極的な解決策を伝えるという伝統を確立しました。 もちろん、冷戦の暗い時代に出版された当初の号から、平和や環境への脅威、政治的・経済的不平等の脅威、社会が作り出した疎外、孤立、絶望などの報告を尻込みしたことはありません。その社会では、権力が集中し、少数者に謳歌されていて、成功は富と過度な物質主義によって判断されます。 しかし、リサージェンスの本質は、私たちがこれらの課題に対応できることを宣言することです。より良い方法があります。 ニュースを公表することが常に喜びです。 ニュースのページや底流のコーナーでは、市民の間の孤独や疎外の問題に焦点を当てて病院の緊急入院率の削減に成功した小さな英国の町フロムでの思いやりあるコミュニティ計画の成功について今号で報告しています。 単なる対症療法に限界を認識した医師は、病気の原因に取り組む助けをしています。プロジェクトを立ち上げて、孤立が健康を悪化させる原因となっている可能性のある人々を、医学的介入の遅れよりもむしろ人間の共感と協力の価値を示す多くの小さな方法で助けています。英国内だけでなく、医療サービスにますます圧力がかかっており、ハイテク医薬品のコストが高騰している時、そのようなイニシアチブは、よりローカルでより社会的な意識のある別の選択肢の価値を示しています。 このようなプロジェクトの成果は、無限の成長に基づく経済的な騒音の前に人と惑星を位置付けるホリスティックで想像力豊かな政策が成功することを示しています。 デヴィッド・オア (David Orr) は、幅広い基本理念のエッセイで、持続可能な経済がどのように見えるかを概説しており、彼の議論は我らがサティシュ・クマーによる選択肢のコラムから影響を受けています。 今号の他の箇所でも、リサージェンス(復活)の精神が強いです。 アンドレアス・ウェーバーの官能的経済 [erotic ecology](春にふさわしいですね)のエッセイは、自然界との関係の官能的な面を賛美しています。 ケイト・ブリンコー (Kate Blincoe) は、このテーマを、季節の音の中で最も想像力を刺激してくれる音のひとつであるヒバリの歌をわくわくと思い起こさせてくれるものとして表現しています。 また、「Compassion in World Farming」グループのフィリップ・リムベリ氏は、食料生産のための産業的な利益至上主義的アプローチの危険性をますます認識していることを示唆しています。 もちろん、他の話もあります。 例えばエコロジストコーナーのエクアドルからの報告は、ある国の憲法に自然豊かな場所のための立法をするという野心的な試みが政治問題にどのように遭遇したかを示しています。 これまでどおり、活動に対する迫害を受けている非暴力的な社会活動家への支援をお願いします。また、季節に見合う元気がわく兆候もみられます。 これからページをめくるにあたり一言。どうぞ今号を楽しんでください(私たちの願いです)。これは感謝の念を示す言葉でもあります。おかげさまで読者その他の支援者により募金活動が目標に達して、教育、環境、社会正義、芸術の拠点としての新事務所の設立に活用させていただきます。おそらくこれは、リサージェンスのメッセージが今までと同じく重要であるというもう一つの兆候です。 困った時には希望がある。 代わりがあります。グレッグ・ニール編集長定期購読はこちらからどうぞ。Compassion • Greg NealeRising to the challenges of today's world with compassion

食:バランスを探し出す

ファッショナブルなセレブ・シェフの世界に、エラ・ウッドワード(Ella Woodward)は、よりホリスティックな食への姿勢を提唱するニューウェイブとして現れた。リサージェンス&エコロジストはエラの新刊発売を祝してインタビューを行った。エラさんは、好評を博した「美味しいエラのレシピ集(Deliciously Ella)」を初めとし食についての書籍を出版され、ここ数年の間に広く知られるようになりましたが、食に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?2011年6月のことなのですが、ある朝起きるとひどい体調不良だったのです。お腹はまるで妊娠6ヶ月のように膨らんでいたし、疲労感、激しい動悸もあって、二日酔いになったような状態でした。その後4ヶ月経てこれらの症状は徐々に悪化し、私は何人もの医師から診察を受け、数え切れない位の検査のために病院を行ったり来たりするようになりました。何が原因なのか誰もわからなかったのです。この時点で私は立ち上がる際に視界を失うこともあり、痛みなしにはもの食べることも出来ず、ベッドから起き上がることもままならない状態でした。 後に、私は起立性頻脈症候群 (postural tachycardia syndrome) であると診断されました。これは自律神経系に影響を及ぼす慢性疾患で、それが乱れることで体内機能のほとんどが正常に働かなくなるのです。心拍数、血液の循環、消化、免疫システムなどが乱れた状態になっていました。 従来からある薬も約半年ほど試してみましたが残念ながら効果がなかったようで、私は依然としてベッドから起き上がる事も出来ませんでした。そこで、食べるものによって自分自身で治してみようと思ったのです。自然食品と菜食中心の食事を始めましたが、当初私は料理の仕方を知らず、勉強のための動機付けとしてブログを書き始めました。具合が良くなり薬を飲まなくて済むようになったのはそれから18ヶ月後なのですが、本当に素晴らしい効果でした。あなたの食べ物や食べ方に対する「哲学」とは、どのようなものでしょうか?私は加工や精製を施していないそのままの素材を使った、自然食品に焦点を当てています。食生活の中心は野菜、果物、ナッツや種、豆類、全粒穀物、スパイスなどです。こんなシンプルな素材だけで、自分の手で沢山の美味しいものを作れることに折に触れて感激してしまいます。あなたはメディアによっては「クリーン・フード (clean food)」の効能を賞賛する新たなトレンドに関連づけられているようですが、「クリーン・フード」とはどのようなものですか?私は「クリーン・フード」という単語は好きではありません。まるで他の食品が汚いと言っているようですし、それは私の食に対する見方ではないのです。このように食事の仕方をあるカテゴリーに限定してしまうと、罪悪感が生じやすくなりむしろ健康的ではないと思います。私にとっては食とは楽しむことであり、個々人で最適なバランスを探し出すものなのです。エラさんの食べものや食べ方に対する姿勢というのは、緑の思想家 (‘green’ thinkers) とも呼ぶべくベジタリアン、ヴィーガン、オーガニック食品や農業、パーマカルチャーなどの実践者の方々と比べてどのように違うとお考えですか?また、どのような点では共通していると思われますか?私は自分の食事法にこういうものだというレッテルを貼りたいとは思いません。先ほども申し上げたとおり、何か決められたことを行うということよりも自然食品であることが本質ですし、物事の柔軟性を欠いてしまえば厳格すぎるように感じるものですから。私たちは皆それぞれ違っている訳ですから、個々に合う方法を探し出さなくてはならないし、自分が今行っていることで過度に規範となることは避けたいと思っています。私は自分の食事法を皆さんにお伝つえしてはいますが、このやり方に従って欲しいとは思っていませんし、そのことは明確に示してきたつもりです。ただ単純に、調理法と食事法に対するインスピレーションを湧き起こすアイディアを共有しているだけなのです。エラさんの食事法とレシピはご自身の健康問題から生まれたものですが、どんな方にも合うものだと思いますか?もちろんです。野菜は誰にだって楽しめるものですから!食に関する記事、テレビ番組、新聞のコラムと、かつてこんなにも食への機運が高まったことがあったろうかと感じています。エラさんは何故現在このようになっていると思われますか?このことによる利点と不利益はどのようなものだとお考えですか?また、これらをただの流行やファッションだと考えることに、どのような危険性があると思われますか?私は人々が本当の意味で料理を楽しむようになってきたのだと思っていて、これは素晴らしいことだと思います。家で食事をするとより安く済むし何よりもより健康的。どちらも良いことです。食に対するトレンドは常に移りゆくものだと思いますが、いかに食べ、それがいかに私たち自身に影響を及ぼすか気づきを増やしていくことは、常に良いことなのではないでしょうか。昨今は多くの人がそれぞれの予算の扱いに慎重にならざるを得ない現状です。英国でも何千という人々が、物によってフードバンクを利用しています。あなたのレシピはこの状況においてどのような点で適していると言えますか?お金があまりない状況でもより良く、健康的に食事することは可能だと思われますか?それはその人自身によると思います。健康的な食事を行うことは、すごく高価にも安くもなり得ます。単純にあなたが何を作ることに決め、購入するかによるでしょう。例えば朝食に自家製オートミルクのポリッジを作れば、どんなシリアルを購入するよりも安上がりになるでしょう。また、旬の野菜(人参、じゃが芋など)と豆、米などを使えば、簡単な上に安価な予算で野菜のシチューを作れます。もしデーツやナッツ、スーパーフードの類なんかを沢山買えば高額になるでしょうが、これらはどうしても必要なものという訳ではありません。同様に、多くの人が(相対的に)お金がある場合でも、時間がないとこぼしています。調理をする時間がなくともより良く健康的に食べることは可能ですか?もちろんです。先ほども触れましたが何を作るかによると思います。私はよく多めに作って残りを冷凍しています。こうすることで忙しい一日の終わりでも自家製の食事を頂くことが出来ますよ。環境的な話になりますが、私たちは食事法が環境へもたらす影響に気がつきはじめています。近年では、気候変動と二酸化炭素の排出は世界的に上昇する肉食の割合と密接に関係しているという点があります。食品、農業、食事法に関連しエラさんが最も重視する環境問題は何がありますか?それについては様々な領域において見る必要があると思います。私自身は先ほどおっしゃっていた「環境に甚大な影響を及ぼす肉食」の消費を減らすことに、特に興味を持っています。このような問題の範囲を取り扱った研究文献や記事、ドキュメンタリーが現在では多く発表されています。同様に、食品、農業、食事法について考えた時エシカル(道徳的)であるかが考慮されると思います。この事に関し、エラさんが重きを置く部分はなんですか?何においても、常に品質重視です。工場式農場経営は大きな懸念ですし、私は皆さんに良質な肉、魚、卵を、これまでよりも少ない頻度で購入することを強調するようにしてきました。何かご自身で育てている野菜等はありますか?残念ながら今の所は何も。ロンドンの中心部で本当に忙しい毎日を過ごしているので、難しいのです!でも願わくば、いつかは…ローカルな食品を消費することと、その対極である輸入製品の購入に関して思うことや習慣があれば教えて頂けますか?また、旬のものを食べることに関してもご意見をお聞かせ下さい。個人的には可能な限りファーマーズマーケットを訪れ旬のものを購入するようにしています。時期でなく入手できないものに関しては代わりに冷凍を買うことも多いのですが、低価格であることもその理由のひとつです。旬のものはやはり美味しいことが多いです!その事に固執する訳ではありませんが、大好きなアボカドなんかを除けば、冬の最中のフレッシュベリー等は高価であるばかりでなく味もしないので、買わないようにしています。著書の第二弾が発行されたばかりですね。この中でのエラさんの食と食事法に対する姿勢をお聞かせ下さい。健康的な食事を簡単に手早く手軽にとることについて書きました。あなたが政府やその他の機関によってなされるべきだと感じる、食品へのサステナブルで健康的なアプローチがあれば教えて下さい。砂糖への厳しい施策がなされたら良いですね。商品の容器やパッケージの前面にスプーン何杯分の砂糖が添加されているか表示することが、本当の前進と言えるのではないかと思います。トマトソースやスープなんかにどのくらいの砂糖が入れられているかを、皆さん認識されていないです。エラ・ウッドワード:料理家。「美味しいエラの毎日レシピ(Deliciously Ella Every Day)※未邦訳。Yellow Kite刊 ISBN: 9781473619487」著者。Finding A Balance • Ella WoodwardAdvocating a more holistic attitude towards food

立ちはだかる課題

リサージェンス誌は50年にわたって地球規模の課題を論じてきました。次の議題はなんでしょうか?著名人たちが自分の考えを寄稿してくれました。解放ジェレミー・シーブルック不平等は前例がないほどのレベルに達しました。個人的な享楽のために計り知れないほどの資源を独占している人々と、日々の生活を維持することもできない人々が敵対しています。資源の分配という古くからの問題の再燃です。 不平等は「永久に」経済成長し続けることによって解消されるというのは明らかな誤りです。むしろ、成長し続けることが問題の根本にあるのです。(富める人がさらに豊かになると、貧しい人はわずかにマシになるものの、両者の格差は広がります。)第二に、永久の経済発展というのが実現不可能な目標であることは明確です。人間の時間に「永久」などありません。このモデルが「開発」と呼ばれるものの基礎となっていることはおおよそ誰もが認めるところです。来る資源戦争を避けようとするのであれば、このモデルを考え直すことは不可欠でしょう。人々が自分たちのために、あるいは互いのために自由に作り、与え、考案し、提供するものを、人々を縛りつけてくる「自由」経済から取り戻すことができる解放のムーブメントです。人間の発展には服従ではなく解放が必要なのです。ジェレミー・シーブルックの最新刊は「シャツの歌(The Song of the Shirt)」です。都会の未来?ハーバート・ギラーデットほとんどの未来学者は大都市が人間の主要なすみかになることを当然としています。巨大な現代都市は素晴らしい偉業ですが、地球上に広がった化石燃料による都市革命がエントロピーに左右されるということを忘れています。現代都市は生存のための資源を減らし続けています。つまり私たちは重大な矛盾に直面しています。人類は都市的な未来を築いているのに、現在の都市化のやり方ではまさに人類自身、そして地球の未来を脅かしているのです。 開発途上国においては、都市に移住した村人は通常資源消費が4倍になりますが、それが環境にどう影響するかについて考慮することはほとんどありません。こういったことについて世界的な議論が必要でしょう。高いレベルで地産地消すれば人類の定住や発展はできるのでしょうか。依存している生存システムを再利用し続けることはできるのでしょうか?私たちはこのような存亡に関する問いに対する答えを、未来の世代に対して負っているのです。ハーバー・ギラーデット「再生可能な都市をつくる(Creating Regenerative Cities)」(Routledge、2014年)から抜粋して編集。非暴力運動ビル・マッキベン20世紀に蒔かれた種は、非常に大きな形で花開こうとしています。ガンディー、マーティン・ルーサー・キングのような人たちが、市民的不服従、非暴力直接行動、消極的抵抗と呼ぶような新しい技術で実験してきました。今、根っこからインターネットでつながっている世界で、現代の大いなる権力、つまり横領企業や全体主義国家、また効率の名のもとに人間性のきらめきを殺してしまう技術ファシズム等に対抗して、私たちはその新しい技術の使い方を学びつつあります。 試合開始!ビルマッキベンは長年の環境活動家です。「150 語で未来の問題を明確にするのは、やや無理難題。だが、まさに思考の集約。」– ジェレミー・シーブルック グローバリゼーションに立ち向かうヘレナ・ノーバーグ=ホッジこれから数年の課題は、世界経済を支える神話を解体することです。私たちが今日直面している数々の危機 ― 気候変動や原理主義、民主主義の分解等 ― は人間の本来の性質が原因ではなく、欲望、競争や激しい消費主義を煽る経済システムによるものです。私たちの政府は多国籍の銀行や企業にさらなる力を与え続けることでこのシステムを支えています。 しかし、希望はちゃんとあります。経済のローカル化という実現可能な代替案を示すムーブメントが世界中で作られています。ファーマーズマーケットから、地域ビジネスの提携、分散化された再生可能エネルギーに至るまで、数え切れないほどの小さなイニシアチブによって、エコロジカルフットプリントを減らしながら本物の繁栄を増大させることができることが証明されています。 「運動としての教育」に取り組むことでグローバリゼーションの基礎となる神話を取り除くことができ、地球規模で経済の化に必要なステップが可能になります。 別の道があり得ます。そして人々は変わる準備ができています。ヘレナ・ノーバーグ=ホッジは「地域の未来/生態系と文化のための国際社会 (Local Futures/International Society for Ecology and Culture)」の設立者で理事です。環境クレイグ・ベネット人類が環境の限界の中で公平に生きる方法を見つけ出さなければならない時です。 火の発見や自動車の発明、そして農業、言語、科学や技術の発展のような、進化の歴史の大きな出来事のひとつとなるでしょう。 次の50年にわたって、力を合わせて、進化を阻む根本的な障害と戦う必要があります。前世紀私たちを忌々しい化石燃料の経済に縛り付けた政治や企業、そしてメディアエリートの勢力です。拡大する不平等、環境の退廃、持続不可能な消費等に象徴されます。 2030年には、次の世代はより安全な気候、繁栄する自然界、健康的な空気、水、食物を享受できるはずです。 イギリスは産業革命で世界をリードしました。今私たちは化石燃料の暴政から離れて緑の革命を促進し、21世紀の挑戦に適した社会を築かなければなりません。クレイグベネットは「地球の友達 UK (Friends of the Earth UK)」の理事です。The Challenges Ahead • Bill McKibben, Helena Norberg-Hodge, Jeremy Seabrook, Herbert Girardet & Craig BennettBill McKibben, Helena Norberg-Hodge, Jeremy Seabrook, Herbert Girardet and Craig Bennett on the coming agenda for environmentalists and campaigners for social justice

始めに詩ありき

詩人マイケル・ホロヴィッツ (Michael Horovitz) は、リサージェンス誌誕生の目撃者。グレッグ・ニールのインタビューにて、ラジカルな夢と希望の時代を振り返ります。「君が来るときのためにメモを書いておいたんだが、あれはどこにあるかな・・・。」と、マイケル・ホロヴィッツ (Michael Horovitz) は自分の背丈よりも高く積まれた書類の山や、机の上にあふれ出した書類を見つめながら、打ち解けた微笑みを浮かべています。 私たちのティーカップは不安定な場所に置かれています。並んだ本棚や積み上げられた数々の本の山、たくさんの書類の入った箱に袋、雑誌やパンフレットなどのあらゆる印刷物、周りにある全てのものが、偉大な文人であり初期のリサージェンス誌を知る人物の人生と関心を物語っています。ホロヴィッツは今や80代。1950年代から彼は書き続け、編集し続け、演じ続け、そして何よりも詩の擁護者であり続けています。アレン・ギンスバーグ (Allen Ginsberg) 、ウィリアム・バロウズ (William Burroughs) 、グレゴリー・コルソ (Gregory Corso) 、ローレンス・ファーリンゲッティ (Lawrence Ferlinghetti) などのビート族【物質文明を批判し生活の自由を目指した若者たちの総称】の執筆家たちと同時代を生き、彼らの友であるホロヴィッツは、文学界における主流から外れた執筆家たちや役者たちを今日まで励まし、触発し続けています。 「あなたのおかげで、そして学生のときに読んだあなたの名詩撰集 Children of Albion(アルビオンの子供たち:1969年)のおかげで、私は今の仕事をしているんです。」とホロヴィッツに話している文学者を見たことがあります。 ところが、リサージェンス誌の歴史の中では、ホロヴィッツの関わりは複数にわたります。リサージェンス誌に掲載された始めての詩はホロヴィッツが書いたものです。リサージェンス誌の構想が生まれる様を目撃し、発行へと導き育てた類まれなる人たちと親交がありました。ホロヴィッツはリサージェンス誌の最初の共同発行物の一つの編集を手助けし、以来その歩みを見守り続けているのです。 古い常套句にこんな文句があります。もし君が1960年代を思い出せるなら、たぶん君はそこにはいなかっただろうが、その物語は1965年6月に始まる、というものです。ホロヴィッツの家族は1930年代にドイツのナチスから逃れてきました。ホロヴィッツ自身は1950年代にオックスフォードで学び、何よりも詩人ウィリアム・ブレイク (William Blake) の急進的な詩と政治思想に刺激を受けて、1950年代の終わりには詩を書き、New Departures(ニュー・デパーチャーズ誌)を編集していました。ロンドンにおける初期のカウンター・カルチャーに魅了され、世間に衝撃を与えたInternational Poetry Incarnation(インターナショナル・ポエトリー・インカーネーション) では演技を披露しました(「ホールを混乱させるのにも一役買っちゃったけどね。」と彼は微笑みます)。インターナショナル・ポエトリー・インカーネーションは1965年6月11日に開催され、この前衛的な美しい響きの詩をもっての政治的な意味合いに満ちた大集会に訪れた8,000人以上の人々で、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールはびっしりと埋め尽くされました。 ピーター・ホワイトヘッド (Peter Whitehead) の粗い画像の映画、Wholly Communion(ホーリー・コミュニオン:聖餐) は若きホロヴィッツの演技を映し出します。観客の中にリサージェンス誌の創立編集長であるジョン・パップワース (John Papworth) がいたのではないかとホロヴィッツは思っています。 パップワースとホロヴィッツの二人はその後かなり時を経てから出会い、パップワースはアルバート・ホールでのイベントについて夢中でホロヴィッツに語りました。「ジョンは彼のフランス人の妻、マーセル (Marcelle) と住むネバーン・ロード【Nevern Road:ロンドン西部のアールズ・コートにある通り】のパーティーに私を招待したんだ。マーセルは、ジョンの自由主義者の思想を共有していた。私はすぐに、ジョンが自分と相通じる精神の持ち主とわかったんだ。」とホロヴィッツは振り返ります。「私と妻のフランシスはすぐに彼らの良い理解者になった」。 「ジョンの目には、ほとんどいつも大きな輝きがあった。そしてとても率直だった。彼の話声はよく悲しげな調子を帯びた。不幸せな、でもどこか神に見放された世界を熱く望んでいる者のようでもあったんだ。ディベートをこよなく愛していた。今日で言えばコントラリアン【contrarian:人と違うことばかりする人】と呼ばれるような人だった。荒くれ者の反抗者でもあったが、人を集め、熱意を生み出す多くの知恵と才覚があったんだ」。 それは、その後度々訪れた素晴らしい夜の最初でした。「彼らはとてももてなし上手で、美味しい食事を振る舞ってくれた。それに、世界に平和をもたらして、より良い場所にする刺激的なアイデアを携えて訪れては去っていく、多くの面白い人たちを知って(も)いたんだ」。ホロヴィッツは当時を思い出して微笑んでいます。 アルバート・ホールでの大集会は、「スウィンギング・ロンドン」とあだ名がつけられた(次の年のタイム誌で)一時代の急進的な側面を生み出す一助となりました。徐々に新しい雑誌の構想が形になり始めました。 「私の時代の感覚はざっくりとしているのだが、」とホロヴィッツは前置きして、「多くの集まりやパーティーがあり、多くの人たちがいた。次第に大物がまだ沢山現れた。フリッツ・シューマッハー (Fritz Schumacher) やレオポルド・コール (Leopold Kohr) やハーバート・リード (Herbert Read) のような。彼らは、初刊(リサージェンス誌の)の主な構想を立てた中心的グループとなった。アフリカで苦しむ人達を助けたいという強い思いを持っていたレブ・マイケル・スコット (Rev Michael Scott) もそうだ」。「こうした集まりの一つで、それは美味しそうな素晴らしい食べ物や飲み物がたくさん並べられた中で、ジョンは短いスピーチをした。彼はよくスピーチの場を与えられたんだ。ジョンは、そのスピーチの中で、リサージェンス誌を間もなく形にしてみせるという固い決心をした」。 1966年5月、初刊のリサージェンス誌のために、ホロヴィッツはアルバート・ホールで吟じた詩、For Modern Man (1914–1964), R.I.P. (現代の男よ:1914年生1964年没、安らかに眠れ) を寄稿しました。ホロヴィッツは私のためにもう一度その詩を読んでくれました。私的であり政治的でもある詩。家族も自身の世代も戦争の怖さを知る男の叫びの詩。この詩が平和・反核活動家でもあったパップワースの心を打った理由が良くわかります。 この詩を寄稿して以来、リサージェンス誌がラジカルな出版分野で地位を確立していく中で、ホロヴィッツはリサージェンス誌を近くで見守り、あるときは出版作業に協力したこともありました。1970年代には、リサージェンス誌とニュー・ディパーチャー誌の共同発行さえありました。ある批評家は非情にもこう評しています。「前衛アートのアバンギャンルドな季刊誌の一つ。運が良ければ4年毎に発刊される・・」 「いい考えだと思ったんだ。共同発行は、ニュー・ディパーチャー誌の別冊を発行できるという意味があったからね。」ホロヴィッツは当時を思い出してにっこりと微笑みます。詩と既存政治に代わる新しい政治のミックス、共同発行誌は、今日のリサージェンス誌を特色づけるものです。社会正義、芸術、環境と平等、地域と国際性、これらについてのアイデアを同じ誌面上で語りたいということです。おまけに、パップワースは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコへの公開書簡を盛り込みました。 50年が経ち、ホロヴィッツはまだリサージェンス誌を愛読しています。彼自身も現役で出稿しています。ある大英帝国 4 等勲爵士は、2002年に、ホロヴィッツの文学に対する功績を認めました。2007年の作品 A New Waste Land: Timeship Earth at Nillennium(新たなる放棄された大地:XXXX年の地球へ時空を超えて)は、平和と地球環境への侵襲を公然と批難した、特筆すべき詩の政治的展開です。脚本家のトム・ストッパード (Tom Stoppard) は、この作品を「重篤な未来の真実の姿を切り取ったスクラップブック且つ詩集」と呼びました。2011年には、ホロヴィッツは電子版の詩集Emergency Verse: Poetry in Defence of the Welfare State(緊急詩:社会保障制度を守る闘いの中で)に寄稿しました。彼の活動は継続中で、演劇巡業も行っています。多くは、彼の劇団ウィリアム・ブレイク・クレスマトリックス (William Blake Klezmatrix) と共に活動しています。彼が自分で組み立てた「アングロサクソフォン (anglosaxophone) 」の音色を、自身の詩に添えています。彼が現役のうちに、足を運んでみましょう。 驚くべきことに、ホロヴィッツと私のティーカップは崩れ落ちるかと思われた紙の襲来を免れました。中身は冷めてしまっていましたが。しかし、私が帰ろうと腰を上げたとき、ホロヴィッツはグラス代わりにティーカップを乾杯のためにかかげます。詩人ブレイクの作法ふさわしく、半世紀前、誌上始めての詩を彼が寄稿した、リサージェンス誌のために。「リサージェンスに繁栄あれ!その力により、永遠の、精神の闘い、そして世界平和をもたらさんことを!」 この文章の締め括りにふさわしい、そしてリサージェンス誌の更なる歩みにふさわしい詩です。ホロヴィッツが For Modern Man (1914-1964), R.I.P. を朗読している特別録画インタビューは www.resurgence.org/horovitz をご覧ください。In the Beginning Were the Words • Greg NealePoet and campaigner Michael Horovitz recalls the birth of Resurgence

リサージェンス50周年記念イベント計画の公表

オックスフォードのウースター大学にて「地球はひとつ、人類はひとつ、未来はひとつ」を開催。 リサージェンス50周年のお祝いとして、リサージェンストラストは、オックスフォードのウースター大学にて、9月22日から25日まで3日間のカンファレンスを開催します。環境活動、社会正義、精神性、アートの世界のリーダーたちに集まってもらいます。チケットは5月初旬に販売開始です。 すでに50名を超える講演者が確定しています。 詩人 Simon Armitage、著述家兼ウースター大学学長 Jonathan Bate、伝記作家 Paula Byrne、物理学者兼哲学者 Fritjof Capra、著述家 Charles Eisenstein、シェフ兼食物活動家 Hugh Fearnley-Whittingstall、UK の オックスファムのディレクター Mark Goldring、環境アーティスト Richard Long、イギリスの緑の党初の下院議員 Caroline Lucas、アメリカの環境活動家 Bill McKibben、著述家兼劇作家 Michael Morpurgo、Forum for the Future の共同創設者Jonathon Porritt、著述家 Philip Pullman、映像制作者兼教育専門家 David Puttnam、環境活動家 Vandana Shiva、ケンブリッジのエマニュエル大学学長かつ前ナショナル・トラスト総長 Fiona Reynolds、Environment Agency 前局長 Chris Smith、ケンブリッジのモードリン・カレッジ学長かつカンタベリーの英国国教の前大主教 Rowan Williams です。啓発的な講演者、先鋭的な思想家、示唆に富んだ議論  また、同イベントでお届けするのは、音楽、詩、ダンス、セレブリティーディナー、リサージェンストラストの雑誌やウェブサイトの編集者による特別イベントです。 リサージェンス&エコロジストの編集長のサティシュ・クマール は言っています。「地球はひとつ、人類はひとつ、未来はひとつというカンファレンスは、誰もがリサージェンスのこれまでの50年間をお祝いするだけでなく、こちらのほうが重要ですが、これからの50年を見据えるのです。」「このイベントで体験できるのは、幅広い分野の啓発的な講演者、先鋭的な思想家、思考を高める議論、興味をかきたてるパネル討論です。国際的に認められた講演者が世界中から訪れ、環境問題、社会正義、精神性、芸術について、着想、信念、メッセージ、情熱を分かち合ってくれます。」 イベントプログラムとチケット(イベント全体や各セッション)は、オンラインで www.resurgence.org にてご利用いただけます。 宿泊はウースター大学にて可能です。ウースター大学ウースター大学は、オックスフォード大学の単科大学の中でも、最も感銘を受ける場所のひとつです。市の中心近くでありながら、広大で美しい庭園があります。1714年に創立されたもので、遡ること1283年の ベネディクト派修道士向けの大学跡地にあり、未だに何棟か建物が残っています。庭園大学の裏手に隠れているのは、26エーカー の美しい庭園、見晴らしの良い敷地、湖です。カンファレンスの期間中、庭園や敷地で感覚が養われることでしょう。また、歩いたり、くつろいだり、リサージェンストラストの他のメンバーと会ったりする場となります。食事と宿泊ウースター大学は、オックスフォードの38の大学の中で最も素晴らしいキッチンがあることで長らく定評があります。食事や軽食がカンファレンス中ご利用いただけます。大学のホールでのスペシャルディナーのチケットを買うこともできます。 宿泊は、朝食付きで、カンファレンス中に大学に滞在したい方が利用できます。部屋の予約は、直接またはカンファレンスの予約サイトにて可能です。オックスフォードオックスフォードは、世界で最も古く著名な大学都市で、大学その他の建物、公園、庭園はこの上なく優美です。ウースター大学は世界的に有名な Ashmolean Museum に近く、Oxford Playhouse(劇場)も近くです。さまざまなホテル、ゲストハウス、レストラン、パブ、カフェが市の中心部にあり、公共交通の便が良いです。 プログラムを見て、チケットを購入するには www.resurgence.org/R50event へ(5月初旬よりご利用可能)。50th Anniversary Event • Fiona Fraser-SmithWorcester College, Oxford, hosts One Earth, One Humanity, One Future