沓名 輝政

たのしあわせ研究所所長。自給研究家。ぢきゅう人。マザーアースニューズ日本版代表。週1起業家。日本折紙協会認定講師。国際折紙講師。

記事一覧(105)

土・手・口

食を本当に健全なものにするにはどうしたらよいか、サティシュ・クマールが説明します。翻訳:斉藤 孝子 食べ物は私の人生で重要な役割を果たしてきました。母には5エイカー[約2ヘクタール]の畑があり、様々な野菜に加え、メロン、キビ、緑豆、ゴマを育てていました。私はよく母に連れられて畑まで歩き、種蒔きや水やり、収穫を手伝ったものでした。 母は料理もとても上手く、チャパティ(発酵させない平たいパン)やダール[剥いた小粒の豆を挽き割ったもの、またそれを煮込んだ南亜料理]、ジンジャー、ウコン、コリアンダー、クミン、カルダモンを使った野菜料理を一緒に作るよう、よく私を誘ったものです。「食べ物はあなたの栄養源であり、薬でもあるのよ。」と、よく言っていました。 以来、私は野菜作りや料理を楽しんできました。インドのガンディアン・アッシュラム(宗教の修練所)で暮らしていた時のモットーは、「食べる者は食物を育てなければならないし、育てる者には十分な食べ物が必要である」でした。食物に対するガンディアンの考え方は、土・手・口の間の距離はできるだけ短かくあるべき、でした。食べ物が自分の庭先や農家の直売所から来るのなら新鮮です。長距離輸送され、プラスチック包装されたものに、本来の新鮮さはありません。ですから、グローバルに考えながらも、食物は地産地消することです。 1982年、私は、支援下さる方々と共に、ハートランドにスモールスクールを作りました。開校初日、子供たち・親御さん・先生たちが集まったその日、私は、このスクールを他の学校とどのように差別化を図るべきか尋ねました。答えは、スモールスクールでは、子供たちと先生が毎日一緒に昼食の準備をし、食前のお祈りをし、一緒に美味しいものを食べ、一緒に後片付けをしよう、というものでした。なぜなら粗末な食事のもとで良い教育はできないからです。如何に食べるべきかを知らなければ、ダーウィンやシェイクスピア、科学や歴史について学んでも、なんの意味もありません。野菜の育て方を学ぶこと、料理を学ぶこと、共に食べるのを学ぶことは、教育において、読み書きと同じくらい重要です。 多くの学校では、食品は大量供給者により遠くから運ばれます。そういう食品はとかく美味しくありません。子供たちが食べないので多くが無駄になります。そして子供たちは糖分や塩分の多いジャンクフードを買い食いするわけですが、味はそこそこでも、栄養にはなりません。 若者たちは結構、BA、MA、PhDの学位をとって大学を卒業しますが、その多くがパンの焼き方やちゃんとした食事の支度を知りません。そこで私は、1982年、全ての学校に菜園とキッチンを作ろうという運動を始めました。スイミングプール、体育館、理科実験室はあるのに、菜園やキッチンのある学校は殆どありません。なぜ食べ物を軽視するのでしょう? 食べ物は豊かな生活の基本なのに、得てしておざなりになっています。 1991年、私は成人向けのシューマッハーカレッジの設立を手伝いましたが、そこでも同じ方針を採りました。学生や参加者全員がキッチンに呼ばれ、作業するよう誘われます。料理をする間、授業をとり損ねるわけではありません。なぜなら料理が授業だからです。現在、大学には6エーカーの菜園があり、6ヶ月の園芸学特別コースがあります。学生は4月に入学し、9月末まで大学に住み菜園で働きます。教師、学生、見習いなど、全部で15人がこのコースに参加します。彼らをグローワーと呼んでいます。 これは実地コースですが、ある程度の理論、つまり、有機栽培、パーマカルチャー[永続可能農業]、アグロコロジー[農業生態学]、バイオダイナミック農法についても学びます。グローワー以外でも、大学で勉強している者は皆、少なくとも週に1度は栽培と料理に携わります。シューマッハ・カレッジが力を入れているのは、知識、心、労働の教育です。 シューマッハカレッジでの食事は、野菜が主です。動物に対する思いやりが、人間や全ての生きものへの思いやりを育む基礎であることは、間違いないと思います。菜食ベースの人は1エーカーの土地があれば済みますが、肉食ベースの人は5エーカーが必要です。動物たちはますます工場式農場で飼育され、その多くが日の光を見ることもありません。こんな不幸な動物たちが人間によって消費されるのです。人間は、そんな不幸せな動物たちの肉を食べて、どうして幸せになれるでしょう?そういう工場式農場や屠殺場を維持するのに必要な水も莫大な量です。ですから肉を食べる方へは、食べるなら少量を、そして放し飼いで楽しく幸せに生きた動物の肉だけを食べて下さい、というのが私のアドバイスです。 野菜料理を楽しむには、料理法を学ぶ必要があります。食品が上手に料理され、新鮮で美味しければ、肉が欲しくなることはありません。 菜食だとひ弱になる、との心配は無用です。かつて環境についての話を乞われ小学校に呼ばれましたが、話の後、ある生徒から「好きな動物は何ですか?」と質問がありました。 「象」と答えると、「なぜですか?」と訊きます。 「象は草食動物だけど、とても大きくて強いですね。大きく強くなるために、肉を食べる必要はない、ということです。」と私は答えました。 「では、二番目に好きな動物は何ですか?」との質問に「馬」と答えると、生徒はまた「なぜですか?」と訊くので、「同じ理由です。馬はとても強く、車のパワーは馬力で測定される程なのに、馬は草食です。」と答えました。すると生徒は「私は今からベジタリアンになります!」と宣言したのです。 肉を食べないと十分な力がつかない、というのは完全な神話です。私の家族はジャイナ教信者で、ジャイナ教信者は2000年以上にわたって厳格な菜食主義を通してきましたが、その多くが、楽しく健康に生き、80代後半や90代になっています。 菜食は、有機栽培のものにすべきです。工業的に生産される農薬や殺虫剤は、しばしば石油からできており、その採掘には地中数千フィートの掘削が必要であり、この化石燃料は温室効果ガスを発生し、地球温暖化を進めます。食べ物が化石燃料由来の化学肥料で栽培され、また化石燃料を使って長距離輸送されては、その環境被害でせっかくの菜食主義の良さも目減りしてしまいます。食べ物が地元産で野菜中心で有機栽培であることは、不可分です。 次のステップは、モンサントなど多国籍企業が生産する遺伝子組換え(GM)種子を使用しようかなどと決して思わないことです。種は土壌、気候、環境の条件に合わせて何千年も進化してきました。遺伝的に工作された種は、実験室の中で開発され、大方が大儲け目当てです。 昔ながらの農家にとっては、種は神聖なもの、つまり生命の源です。農家はそれぞれに、自分たちで種を保存します。ところが、モンサントのような営利会社にとっては、種は単に儲けるため、そして農家を会社依存にさせるための商品でしかありません。したがって、GM[遺伝子組換え]種子は商品であるだけでなく、非民主的でもあるのです。農民から種を保存する自由を取り上げます。GM種子の方が収穫量が多いというのは錯覚です。実際、収穫量では多いかもしれませんが、栄養的な質では劣っています。フェイクフードを沢山食べるより、栄養ある食品を少量食べる方が良いです。GM種子由来の食品はフェイクフードです。 地元で育ち、野菜を主にし、有機で遺伝子組換えのない、健全な物を食べましょう。サティシュ・クマールは2018年8月25-26日のリバー・コテージ祭 (River Cottage Festival) で食品やその他の問題について講演する予定です。www.rivercottage.net/festival/2018。まもなく始まる新しいポッドキャスト、リサージェンス・ボイス で、食べ物についての彼の話をさらにご視聴頂けます。ご期待下さい。サティシュ・クマール: リサージェンス・トラストの名誉編集者購読登録はこちらからどうぞ。Earth, Hands, Mouth • Satish KumarThe value of wholesome food

海辺の詩人

ベン・オクリ著翻訳:斉藤 孝子彼は象形文字を解き明かして朝を過ごし、昼過ぎに海から現れた。海沿いに続く足跡の意味に思いを巡らし、世界の反対側から巡り回る叫びを解釈していた。 海は、得体の知れない怒りで、古代の寺院や繁栄する町々を破壊した。地震は山々や人々の運命に裂け目を打ち込んだ。魚たちの噂話は、三日月の土地で起こった不完全な革命の報をもたらした。 錬金術の記号と格闘しながら、彼は歴史のざわめきに気づいていた。昼近く、イソギンチャクと海底に咲くアカシアの中を散歩した。暖かい海域へ回遊するマグロに魅せられた。長い朝だった。人間の歴史の長い朝だった。あいまいな衝動に促され、人が2本足で立ち上 がった瞬間から、100万年後、自身の意識に立ち上がった瞬間まで。長い朝だった。ピラミッドの発達や核の現実への悔いをかろうじて目にできた時間だった。とは言え、夢に出入りする魚らと語らうには十分な時間だった。。。(全文は購読登録にてどうぞ) 「魔法のランプ」から:ベン・オクリ著・ローズマリー・クルーニー絵「我らの時代の夢」 アポロ社Head of Zeus出版べン・オクリ (Ben Okri): 詩人、小説家定期購読はこちらPoet by the Sea • Ben OkriA short story, illustrated by Rosemary Clunie

なぜ環境キャンペーンは季節との関連付けが大切なのか?

地球のカレンダーにアクティビズムを根付かせるようにニック・ロビンは訴えかける翻訳:坂井 晴香 今年の夏至は特に大切でした。1年で最も日が長い、6月21日の夏至をストーンヘンジや他のどこかで祝うのに加えて、イギリスでは Clean Air Day(綺麗な空気の日)でもあります。この喜ばしい偶然には深い共振があります。と言うのも、毎年700万人もを苦しめる有害な大気汚染から解放されることへの差し迫った必要性が身に染みるほど強く照らし出されているときであろうからです。とはいえ、このように季節と時期を合わせることは例外的です。 季節の年間周期と環境キャンペーンを結びつけるのは珍しいことです。私たちはこの世界の現実と持続可能性への苦闘を結びつけていないことで好機を逃しているようです。季節の法則 もちろん本来、私たちは四季とつながりのある生き物です。地球が太陽の周りを1年で公転し、特有の自転と傾きがあるので、私たちが受ける光や温かさが変化するのです。イギリスでは大体3か月ごとに春、夏、秋、冬がそれぞれ来るという構成です。 これら4つの季節は、キリスト教のカレンダーにおいて最もはっきりと、私たちの文化に変換されています。日照時間が最も短い、冬至の数日後にクリスマスがとり行われます。キリストの誕生祝いは太陽の再生を示しており、ローマ時代初期のサトゥルナリアという祭りのを基にしています。 しかし、かつてよりも私たちは季節を気に留めなくなっています。地球の年間周期によってではなく空調や温度を管理された室内でより多くの時間を私たちは過ごしています。 現在、農家が労働力に占める割合はわずかです。スーパーマーケットでは、昔はある時期に数週間のみ楽しめた食物を年中手に入れることができるよう提供しています。 現在、私たちの一年は消費資本主義の論理によって大部分が構成されています。イースター、クリスマス、アメリカでの感謝祭といったかつては国家的、宗教的に重要であった行事で見事に埋まっています。実際、感謝祭はブラックフライデーの前兆で、アメリカで最も買い物に忙しい時期。また、環境意識の高い人にとっては、国際的な無買日となっています。 季節はただ隠されているだけではありません。汚染によって季節は混乱させられています。現在バリでは「ごみの季節」に耐えています。毎年ふる雨で、近隣のジャワから大量のごみが流れ込んできます。私たちが大気に押し出している二酸化炭素の有害な層が太陽の熱を閉じ込め、気候の混乱を促します。 昨年の11月にロンドンの私の庭で明るい赤色のポピーを見つけました。従来の開花期の数ヶ月後のことでした。温暖化が最も早くに始まったグリーンランドでは、スゲの一種がほんの10年前と比べて26日も早く春の訪れを示しています。ゆっくりと何世紀もかけて作られてきた人間、動物、植物の相互交流パターンがこの数年の間に覆され、生物種が期待できる栄養源から分離され、豊かな自然がさらに失われていくのを加速させてしまいます。 冬の始まりにユーラシア大陸中に広がるスモッグの新たな季節が化石燃料を燃やすことで生み出されてきました。 それは北京やデリーのような都市で今では悪名高い集中的な大気汚染と冬の寒さが混ざり合う時です。パキスタンでは、11月前後の致命的な時期を「5つ目の季節」と環境学者は言います。 今世紀に入ってからだけでも、大気汚染によって若年層7,000万人が亡くなっています。Health Effects Institute(健康被害研究所)のデータによると、大気汚染は毎年冬に突発し、主要な死亡原因です。 抽象的なアクティビズム 私たちの多くはこの破壊を止めて、持続可能な社会を作ることに取り組んでいます。 しかし自然を再生するための行動は、概して季節に見合う私たちの暮らしの基盤から取り出されます。私たちは環境への慈善活動へ毎年貢献しています。暖かくなる夏の時期にボランティアに参加します。しかし、私たちが四季と切り離されていることは私たちが自然のカレンダーとの繋がりを失っていることを意味します。 したがって私たちは8月や9月にハリケーンが国際ニュースの見出しに上がると驚きます。しかし、これは恒常的なパターンなのです。 社会的環境的な意識を駆り立てる個々の記念日は確実に足りているのです。国連には150もの国際的な公式記念日のリストがあります。その多くは6月5日の世界環境デーのように持続可能性と関連付けられています。しかし、懸念事項につながる理由について明確な論理がそこにはないのです。地球のための記念日(抜粋) 2月2日:世界湿地の日3月3日:世界野生生物の日3月21日:国際森林デー3月22日:世界水の日4月22日:アースデー5月20日:ワールドビーデー5月22日:国際生物多様性の日6月5日:世界環境デー6月8日:世界海洋デー6月17日:砂漠化および干ばつと闘う世界デー6月18日持続可能な料理の日 (Sustainable Gastronomy Day)6月21日:空気の日 (Clean Air Day)(英国)9月16日:オゾン層保護のための国際デー10月4日世界動物の日/聖フランシスコの日 (St Francis’ Day)10月21日:林檎の日 (Apple Day)(英国)11月5日:世界津波の日12月5日:国際スモッグデー (International Smog Day)12月11日:国際山岳デー。。。(記事全文は定期購読にてどうぞ)。。。このように季節を利用することは、私たちの生活の中から自然が消えるのを防ぎ、地域社会や世界中の人々と新たなつながりを作るのに役立ちます。 私たちが持続可能性を生きた現実とするには、旬の味付けがいくらか必要なのです。 賢明なコメントと提案をしてくれたイアン・クリスティーに謝辞を述べます。ニック・ロビンはロンドン大学の経済学部において持続可能な金融の実践教授を務めています。 彼はリサージェンスの理事を辞任し、ここに個人的に投稿しています。定期購読はこちらからどうぞArticle - Why Green Campaigns Need Some Seasoning • Nick RobinsGrounding activism in the Earth's Calendar

陸と海での保護活動

草原の減少ストップに、牛の野草飼育が貢献か新たな研究が、伝統的農業へ転換するメリットを明らかに。マリアンヌ・ブラウンからのレポートです。翻訳:浅野 綾子 牛の飼育では、栽培用に改良された牧草を餌にするのが慣行的です。農家に種の多様性に富む草原での放牧を奨励すれば、イギリスの草原保護に一役買うかもしれません。 セーブ・アワ・マグニフィセント・メドウズ (Save Our Magnificent Meadows:私たちの素晴らしき草原を守ろう) の運動に向けた新たな研究によれば、野生の草原で飼育した牛の栄養価は、慣行栽培の牧草で飼育された牛と比べてはるかに高くなり得るとのこと。この運動にかかわる団体の1つプラントライフ (Plantlife) のトレボー・ダインズ (Trevor Dines) が当誌に伝えた話です。野生の草原で飼育された牛に対する消費者の需要を創出できれば、その草原管理について農家の経済的な実行可能性を高め、草原保護の経済的な実行可能性も高めることになるとダインズは言います。 英国で1930年代から、野生の草原の97%超が消失し、結果として貴重な昆虫の個体群が減少しています。 周囲に残っている野生の草原はほとんどなく、人々はどうやって草原を楽しめばいいのかわからなくなってしまっているとダインズは言います。「草原に腰を下ろして、キンポウゲをつむ。こんな姿は暮らしの風景から消えてしまいました」とダインズ。「野生の草原ほど胸がわくわくする場所はないんですよ」 野生の草原を保護することに関心をもってもらうために、プラントライフでは、ナショナル・メドウズ・デイ (National Meadows Day) を開催。今年は7月7日に行われます。このイベントでは、虫取りや、チョウの見分け、ダインズが「五感全部が奮い立つ」と言う草原を走り抜ける機会ももうけています。 以前、昔ながらの草原では、1から8月のはじめまでは草が伸びるにまかせ、その後は干草用に草を刈り取りました。さらに、9月と10月には、草のない状態での家畜放牧が続いて行われました。今日では高度に管理された農業技術(1年に2回か3回、貯蔵牧草の刈り取りがあります)が採用され、野草が育つ十分な時間がないのです。 「草原は、再野生化の議論で見落とされています」とダインズは言います。「私たちは森林にこだわり過ぎてきました。でも、バランスが必要なんです。草原を必要とする種があります。草原には、森林とは異なる役割があるのです」www.plantlife.org.uktinyurl.com/cattle-meadows農家は、どのようにして野生の草原を保護できるのか。当誌の新しいポッドキャスト「Resurgence Voices」に向けて、マリアンヌ・ブラウンが、2015年ナショナルメドウズ賞 (National Meadows Award) の受賞者オードリー・コンプトン (Audrey Compton) と語ります。マダガスカルでジンベエザメの新たなホットスポットを発見専門家は、ジンベエザメを保護するため、観光の制限が必要だと言います。メリッサ・ホブソンのレポートです。翻訳:浅野 綾子マダガスカルは、若いジンベエザメが捕食活動をするホットスポット。「Endangered Species Research」ジャーナルに掲載されたマダガスカル・ジンベエザメ・プロジェクト (MWSP) の新たな研究が伝えています。 この研究では、2016年の9月から12月のシーズン中、ノシ・ベ (Nosy Be) 地域で、85のジンベエザメの個体が識別されました。比較されるのは、同年、70の個体が識別されたタンザニア、33の個体が識別されたモザンビークです(両方とも、ジンベエザメの目撃地として世界的に有名です)。この新たな発見で、ジンベエザメツアーマップにマダガスカルも仲間入りできそうです。 MWSPは、海洋大型動物保護財団 (Marine Megafauna Foundation) 、フロリダ国際大学 (Florida International University) 、マダ・メガファウナ (Mada Megafauna:ノシ・ベ地域の海洋大型動物を保護する団体) が協働するプロジェクト。2016年に、生物学者であり、この研究の主執筆者でもあるステラ・ディアマン (Stella Diamant) によって創設されました。 当時、ほとんどの科学者はマダガスカルにジンベエザメの個体群がいることに気づいておらず、地元住民もおそらく30頭程度にすぎないと見込んでいました。それ以来、MWSPが写真識別によって確認したジンベエザメの個体は250頭近くに上り、通信衛星のタグを利用して個体の動きを追跡しつづけています。 「今ならここにジンベエザメがいると世界に発信できます」とディアマン。「マダガスカルは、若いジンベエザメにとって重要な季節的生息地なのです。ですから、ジンベエザメの効果的な保護を確実にしなければなりません」 ジンベエザメに悪影響がないよう確実にするため、観光客が殺到した場合は適切な対処が必要との配慮はもっともなことです。ディアマンは、ジンベエザメの周囲での行動の要点をまとめた行動規範をつくりました。この規範を守れるように、地元の観光業者一人一人をディアマンがサポートしています。 「観光業者がこの行動規範の重要性を理解し、行動を変えはじめた時のことと言ったら、それはもう特別なできごとでした」とディアマンは言います。「海中で、ボート一艘がすでにサメと遭遇していたとしたら、他のボートは皆、すぐに近くに行こうとしないで待ったのです。見つけた1頭に皆がこぞって集まらないことで、ツーリストはサメと良好な交流ができ、いい写真もとれた。サメも邪魔されずに辺りを長く泳ぎ回ることができたのです。素晴らしいことでした」www.madagascarwhalesharks.orgメリッサ・ドブソンはフリーランスの旅行記者、広報コンサルタント。購読登録はこちらからどうぞ。

祝宴の時、断食の時

私たちの日々の食事は旬を反映し尊び、際限ない消費ではない。ジュリア・ポンソンビ。翻訳:佐藤 靖子北半球では冬の季節に入ると、1年で最も日の短い日、明るい時間より暗い時間の方が長い時に向かっていることに気付きます。冬至を過ぎると、明るい時間は次第に長くなります。お祝いすべきことかもしれませんね? 古代ローマの異教徒の世界では、不屈の太陽(Unconquered Sun)(Sol Invictus:無敵の太陽神)の祝祭日は12月下旬と1月初旬に合わせました。今日キリスト教徒の世界では正義の「太陽Sun」(息子 Son)が世界に生まれた瞬間という概念を祝っています。こうして、光の登場が事実上も、そして例え話としてもクリスマスー公現祭の起源として祝われました。こうしたお祝いには祝宴がつきものでした。 北半球で1年のこの時期と一致する天文行事は、前近代の出来事として非常に重要なものです。冬至が古代エジプト人によってオシリスの誕生日を祝う時と考えられていたことも、古代ギリシャ人によってディオニュソスの誕生日を祝う時として、スカンジナビアの古代スカンジナビア人によって女神フレイヤの誕生日を祝う時として考えられていたことも驚くには当たりません。11月~12月の期間に当たるものに、ユダヤ人がエルサレムの神殿の再献納を祝う、ハヌカがあります。「光の祭り」としても知られています。インドには、ほぼ同じ時期にヒンドゥー教の「光の祭り」、ディワリがあり、イギリスで11月5日に行われるボンファイヤー・ナイト (Bonfire Night) を彷彿とさせる花火が最後を飾ります。こうしたお祭りは全て世界に光が再来したことを歓迎する喜びに関するものです。 今日では、私たちのライフスタイルは自然や季節ごとの指標となる事柄から大きく離れてしまいました。それらはかつて広い屋外から直接、日々私たちの意識に入って来ました。。。次第に暗くなっていく空、寒さ、痩せた土。私たちはこうしたもの全てに気付き、もっと悩まされたことでしょう。室内の暖房や明かり、温室、ふんだんな在庫があるスーパーマーケット、人と食べ物の国際輸送などの形でもたらされる近代の覆いがなければ。 永遠に潤沢にあるという誤った感覚を与える化石燃料の消費は、私たちにはそれが何であるか良く分からないという別の不確定要素を表しています。エネルギー供給は、現代世界において私たちが知覚するニーズ、「全体の」ニーズに対し非常に円滑に調整されるため、それを有限な物として見ることを妨げられてしまいます。快適さを作り出すために、資源が収奪される方法を私たちは認識していません。電気 - 容器の中の日光 - はスイッチボタン一つで電源を入れることができ、そこに季節はありません。 伝統的に、祝宴は自然や、歴史的、宗教的、個人的な行事の指標として発生しました。祝宴は1年のうちで人々が景気づけを必要とする時期によく催されました。集まって太陽の光の再来を祝い、更には来る年の植物、動物、鳥や蜂の世界の繁殖を歓迎しました。祝宴は社会的な結束の確認と関わっており、また、自然や文化の暦の周期的な潮の干満、そしてそれらがいかに密接に絡み合っているかを思い出させました。また、祝宴には媒体としてその季節に適した食べ物が用いられました。そのため食物の乏しい冬は、ドライフルーツやナッツ類が祝宴のために作られる砂糖菓子の主な材料でした。一方、春はアスパラガスのような大地からいち早く出てくる新しい芽が祝宴を祝福することができました。 今日、私たちは地球の資源のごちそうを楽しむ祝宴の最高潮に達しました。これは、狂ってしまった祝宴と断食の行動様式を、制御し、尊敬の念を持って再構築する必要があることを象徴しています。ここで断食(祝宴の対立法的手段)が効果を発揮し始めます。祝宴の準備をする時はいつも、一歩下がって、自制して、人生を一休みする必要があります。立ち止まって考えます。胃を休ませて、脳が再び焦点を合わせられるようにします。断食はダイエットではありません。断食は悪い習慣に気付くこと、予期することであり、それを止めることです。だから冬至の祝宴(もしくは何か他の祝宴行事)の前に24時間断食をすることにするなら、化石燃料の断食もしてはいかがでしょうか?ジュリア・ポンソンビ (Julia Ponsonby) はシューマッハーカレッジの食料部門の代表で「Gaia’s Kitchen, Gaia’s Feasts and The Artof Mindful Baking」の著者。彼女の旬のレシピは リサージェンスのハームページをご参照 www.resurgencejapan.com購読登録はこちらからどうぞ。Time to Feast, Time to Fast • Julia PonsonbyOur daily diet should reflect and respect the seasons

思いやりのこころから外れずに

マインドフルネスだけでは充分ではない。私たちは利他主義の能力を養わなくてはならない、と仏教学者は語る。クリスティン・トーメイがインタビュー。翻訳:齋藤 未由来 トゥプテン・ジンパ (Thupten Jinpa) が幼少期を振り返った時に思い出すのは、北インドから離れた難民集落の煙ったテントの中で目を覚ました時の、朝食用のチベット式バター・ティーを掻き混ぜる母親の姿と、緩やかな抑揚のある祈りの声だ。それは1960年初頭、中国の軍隊による祖国侵略、そしてダライ・ラマの亡命に続くチベットからの亡命後のことで、両親は国境地域での道路建設に参加させられていた。 母親が木製の茶筒を回すと、その度心地良い音色が繰り返し生まれ、祈りの声にリズムのように続いた。母がよく口にしていた祈りの中でも覚えているものの一つに、チベット仏教の「慈悲喜捨(四無量心:four immeasurables) 」というものがある。この二小節目の核として「すべてのものが苦しみとその原因から解き放たれんことを」とあり、これは慈悲の心における仏教の原則だ。 そのような幼少期から五十年余りが過ぎ、ジンパは「恐れないこころ:なぜ思いやりがより良き健やかさの鍵となるのか(A Fearless Heart: Why Compassion is the Key to Greater Wellbeing)」という感動的な本を書いている。同書では、ジンパがその設立にも尽力した、スタンフォード大学の思いやりと利他主義の研究教育センター(略称:CCARE/ Compassion and Altruism Research and Education)で長年研究を重ねてきた指標的な構想の概要が述べられている。 この構想によると「思いやりのこころを育てる」ため、規格化された8週間の長期トレーニング(略称:CCT/ Compassion Cultivation Training)を受講し、私たちの誰もが本来産まれながらに持ち合わせている「慈悲の筋肉」を鍛えるとしている。近年、マインドフルネスは多くのグローバルメディアに取り上げられているが、ジンパはこのトレーニングこそ「マインドフルネスの次のステップ」であると言う。人は「意義を求める生き物」であり、健やかであるという感覚と自尊心は他者とどのように繋がるかに委ねられていると彼は言う。 ジンパは、仏教の伝統的マインドフルネス・トレーニングをわずか11歳の時、僧となり習得した。また、優秀な学者でもあった彼は、ダライ・ラマの第一英語翻訳者となり、1999年ニューヨーク・タイムズのベストセラーにもなった「幸福論」【Ethics for the New Millennium。日本語版は2000年、角川春樹事務所刊】を初めとし以降30年以上もの間、書籍の翻訳、編集に携わっている。 更にそのアカデミックな才能はケンブリッジ大学での博士号取得、スタンフォード大学の教職、また1980年代の還俗後から妻と二人の娘と共に暮らす、モントリオールにあるマギル大学での兼任教授の職へと繋がる。加えて、現在では仏教的伝統と西洋科学の架け橋を構築すべく活動をし、名高い評判を得るマインド・アンド・ライフ協会 (Mind and Life Institute) の長も務める。ジンパは、この修道的伝統と俗世間での両方の経験をすることにより、今日私たちが直面する挑戦への地に足のついた視点を得た。 今年初めに「恐れないこころ」がイギリスで出版されて程なく、ロンドン南部ランベスにあるジャミヤン仏教センター (Jamyang Buddhist Centre) の広々とした部屋でジンパと向かい合い、思いやりのこころを育てるトレーニングにより、いかにしてマインドフルネスから次のレベルへと到達し得るか、という話を聞くことが出来た。「マインドフルネスだけでは充分ではありません」とジンパは率直に述べ、その実践は個人的なものであり時に孤独なものになる、と加えた。「これにより更に大きな気づきと理解への扉が開かれます。しかし、このトレーニングの趣旨は世界に思いやりを生み出すことにあり、すべては私たちが他者とどのように関わるか、ということにあるのです。」 科学的研究に裏打ちされ、人の行動の主な動機は私利によるものである、という長年の説にジンパは異議を唱える。人は「意義を求める生き物」であり、健やかであるという感覚と自尊心は他者とどのように繋がるかに委ねられていると言う。「ダーウィンですら、進化論が成立するか否かは、利他主義の現象をいかにして説明しうるかによると述べています」 このジンパの説は、増加傾向にある、思いやりと利他主義の重要性に焦点を当てた調査や構想と一致している。(枠内ご参照。)19世紀以降しばらくは、適者生存と利己的遺伝子説が科学的思考を支配していたが、近年では生物の生存をかけた利己的行動に比べ、生物学的な利他主義の役割と寛容さの重要性へ注目が集まっている。 ピューリッツァー賞をダブル受賞した自然主義者のエドワード・オズボーン・ウィルソンは、利他主義は「遺伝子的な強欲で正当化されるものではない」と結論づけている。ウィルソンの研究によれば、グループ内で私利主義が利他主義に勝つことが出来たとしても、広い範囲で言えば「利他主義グループは、私利に走る個々人を打ち負かすことが出来る」と言う。 「科学界においても思いやりが人を突き動かし、行動のモチベーションとなる説に対し、反対する声というのは現在では大変少なくなっています。」と、ジンパも同意する。 科学が精神病理学と神経学の分野で長足の進歩を果たした一方で、人の心のポジティブな面に対して行われた研究は非常に少ない。そうした経緯により、スタンフォード大学のCCAREではこのような研究に焦点を当ててきた。 ジンパは「恐れないこころ」の中で「思いやりのこころを持つことは、逆説的に、私たち自身がその最大の恩恵を受ける、当事者のひとりとなる」と、述べている。科学が立証したように、心理的な幸福感に加えて狭量な個人的利益の追求からの転換は、医療の分野においてもその恩恵がもたらされる。一例として、思いやりのこころを持つことで生まれる、あたたかな感情によるオキシトシン・ホルモンの分泌は、循環器系の炎症の症状軽減に関連があるとされており、つまりはストレスと心臓病を抑制すると言える。 過去20年以上の月日を経て、人類の脳検査のための道具は更に洗練され、神経画像によって、科学者は神経可塑性の現象と体験がどのように脳内で形作られるかを理解しうるようになった。 このような研究結果は、今日世界規模でのマインドフルネス現象を引き起こした、ジョン・カバット・ジンによるマインドフルネスストレス低減コース(略称:MBSR/ Mindfulness-Based Stress Reduction)の構造をモデルとした、スタンフォードでの8週間の「思いやりのこころを育てる」CCTプログラムの支えとなる。 MBSRプログラムにもあるように、CCTにおいても、参加者は1週間の内2時間のクラスで瞑想の実施を指導され、思考、感情、行動のプロセスにおいて更なる気づきと理解を得るよう、トレーニングが行われる。 加えて、日常生活で実施する様々な「課題」も与えられ、受身な姿勢ではなく、他者の苦しみを解放することに対し意欲的、また積極的に関わる活動的な立ち位置で、他者に対する思いやりのこころを実践するための自然な心を育てる。 ジョン・カバット・ジンのMBSRプログラムでは、慢性的な痛みから救われる方法を提供することで参加者に勢いをつけるが、スタンフォードのCCTもこのような慢性的な痛みからの解放を手助けするとして、米国でのパイオニアとなっている。 更に、この方法は、心的外傷後ストレス障害に苦しむ退役軍人に対しても使用され、サンディエゴの大規模な私設ヘルスケアグループ、グーグルのエンジニア、スタンフォードのビジネススクールの学生の間でも採用されている。研究者は、教育機関でもどのように本コースを採用できるか、調査を開始した。 ジンパは「恐れないこころ」の中で、フランスの詩人で小説家のビクター・ヒューゴを引用している。「時を得た理念に勝るものはなし (Nothing is more powerful than an idea whose time has come) 」思いやりのこころにとっては、今がその時である。その他の「思いやり」を実践する機関思いやりの憲章 (The Charter for Compassion):神学者で文筆家のカレン・アームストロングが2009年に設立し、思想家および指導者による宗教的に多様な国際的会議により牽引される。本団体は「善意の国際総力を、信仰心と道徳と政治生活による思いやりを持った思考と行動の創造を」と掲げる。活動の中でも「思いやりのコミュニティ・キャンペーン (Compassionate Communities campaign) 」は、世界各国80を超えるコミュニティが参加しており、各コミュニティは思いやりの行動の推進のための、詳細な10年計画を提出することが義務付けられている。2015年10月にはチャールズ・ダーウィンの出生地として知られる、シュルーズベリーでの2日間に亘る「思いやりの実行者会議」が開催され、思いやりの分野における各国の第一人者である専門家や思想家、またダーウィンの玄孫にあたる、詩人で文筆家のルース・パデルらが招かれた。思いやりを育むためのダライ・ラマセンター (The Dalai Lama Centre for Compassion):2015年初めにオックスフォードに設立され、非宗教的な「人類の思いやりとそれに関連する価値における理解の進歩の他分野にまたがる道徳原理の研究所」。オックスフォード大学マインドフルネスセンター (The Oxford Mindfulness Centre, University of Oxford):今年に入って思いやりのマスタークラスが追加され、「思いやりのより深い理解とマインドフルネスによる認知療法におけるその位置付け」を育てる。マインドフル・ネイションUK (Mindful Nation UK):1月、マインドフルネス議員連盟(略称:MAPPG / Mindfulness All-Party Parliamentary Group)マインドフル・ネイションUK中間報告を発表し、公共政策がいかにして英国を穏やかでエシカルかつ思いやり溢れた、よりマインドフルな国家と変えうるかを述べている。クリスティン・トーメイ (Christine Toomey)はジャーナリストで著書に「The Saffron Road: A Journey with Buddha’s Daughters」(57ページに書評)がある。「恐れないこころ:なぜ思いやりがより良き健やかさの鍵となるのか(A Fearless Heart: Why Compassion is the Key to Greater Wellbeing)」トゥプテン・ジンパ (Thupten Jinpa) 著、Piatkus刊。購読登録はこちらからどうぞ。On Course for Compassion • Christine TooneyWe must go beyond personal wellbeing

環境活動家は世界環境デーに菜食主義ヘ挑戦

食肉産業が環境に与える影響は十分に立証されています。この問題に対する地球規模の解決策が必要とされる一方、流れを一変させるために人々が今すぐできる、本物かつ即時的で実質的な変化があります。ヴィーガン(卵や牛乳など動物性食品も取らない完全菜食主義者)になるのです。ジョージ・モンビオット (George Monbiot) らはヴィーガン協会 (Vegan Society) の「地球を救う食事 (Plate Up for the Planet)」の取り組みを支援する運動に公開書簡を送りました。 私たちは壊れやすい環境のためのキャンペーンに生涯を捧げてきました。また、私たちはヴィーガンであり、動物由来のいかなる製品も使用しないことを選択してきました。 こう言うと、私たちが独りよがりの自己満足の慈善家の極みだと思われるかもしれませんが、ヴィーガン協会は「地球を救う食事」キャンペーンの最新フェーズを開始しました。私たちはみなさんに講釈を垂れたり、みなさんを脅すために書いているのではありません。 みなさんがランチを注文している時に、私たちがチッチッチと人差し指を横に振って否定したり、大きな舌打ちをしたりするわけではありません。むしろ私たちは、みなさんの理解、辛抱強さ、そして最終的には敬意を望んでいるのです。良心に従う 食べ物は私たちを一つにも、ばらばらにもします。食事や特別な機会を共有して私たちは一つになりますが、どの食べ物が一番か、何を食べることが倫理的に正しいかといったことに同意できないと不和をもたらします。 ヴィーガンの評判が悪いのは知っています。私たちは厄介な頑固者です。どうして私たちは他の人たちのようにただ単にチーズサンドイッチを食べられないのでしょうか? 私たちが単にチーズサンドイッチを食べられないのは、畜産の破壊的な影響を知っているからです。畜産は輸送機関よりも大きな、気候変動の要因となっています。畜産は貴重な生息環境を破壊しています。ここでも、そしてアマゾンでも。 それは極めて非効率的な食べ物の選択です。100カロリーを家畜に与えて、人間が得るのはたった12カロリーです。ヴィーガンの食事では、食べ物による二酸化炭素排出量を最大50%カットし、土地使用を半分に減らします。私たち全員がヴィーガンを選択すれば、あと30億人の食料を賄うことができます。 完全な菜食主義が環境にとって最良の「今すぐ用意できる」食事であることは、火を見るより明らかです。良心に従い、ただ流れに身を任せることはできません。これはあまりに重要です。 決して振り返らない 私たちの不都合な統計をお許しください。みなさんに自家製のハマス(ひよこ豆のペースト)を食べさせようとする私たちの頑なな挑戦にご配慮ください。 どうか私たちの選択が、困難を欲しているからでも、気付いてほしいからでもなく、完全な菜食主義が未来の世代のための唯一の道であるという深い信念から来ているのだということを尊重してほしいのです。 私たちの惑星を気に掛ける人は、極端な手段としてではなく、大きな希望として完全な菜食主義になるときです。私たちの惑星を守るつもりなら、「食べる肉の量を減らす」よりも、はるかに大胆になる必要があります。 7日間の「地球を救う食事」チャレンジに参加してください。二度と振り返ることはないかもしれません。「地球を救う食事」キャンペーンの詳細は、以下でご覧ください:www.vegansociety.com/take-action/campaigns/plate-planet筆者:ジョージ・モンビオット(George Monbiot)はイギリス有数の環境ジャーナリストで著作家。ケリー・マッカーシー(Kerry McCarthy)はブリストル・イーストの国会議員。デール・ビンス(Dale Vince)はエコトリシティの創業者。ジョナサン・バートリー(Jonathan Bartley)は緑の党の共同代表。これは、「地球を救う食事」チャレンジを支援するために、当初、ヴィーガン協会で公表された環境活動家への公開書簡です。定期購読はこちらからどうぞArticle - Environmentalists challenged to go vegan on World Environment Day • George Monbiot, Kerry McCarthy, Dale Vince & Jonathan BartleyMaking a real change, right now by joining the Plate Up for the Planet Campaign

禅と観る技術

禅の修行が、仕事に対する新たな理解へと私を導いた - 写真家デイビッド・ウルリッチが、その経緯をグレイス・ロジャースに語る翻訳:浅野 綾子ハワイを思い浮かべる時、私たちの多くは、月並みなパラダイスのイメージを心に描くでしょう。ゆったりと流れる時間に、青々と茂る緑の美しさ。砂浜に息を呑み、夕日は心を静める。それは、写真家のデイビッド・ウルリッチも同じです。とはいえ、この美しさは、彼をハワイに住みたいと思わせた1番の理由ではないのです。 時は35年前、ウルリッチ33歳。彼は写真家としてのキャリアの頂点に立っていました。裏庭で木を切っていた時に、突然破片が顔に跳んできたのです。被った怪我は彼の人生を変えることになりました。何時間にもわたる手術の甲斐もなく、効き目である右目を失明。絶望の縁に落とされ、これからどうなってしまうのか想像もできませんでした。 ウルリッチは、自叙伝的著書「The Widening Stream(広がってゆく流れ)」の中で、彼の気持ちを変え、勇気という揺るぎない感覚をもたらした悟りの瞬間についてこう思い出しています。「ふと心の中に疑問が生じた。片目という身体の小さな一部にすぎない、命と比べればそれほど重要でないものに囚われて心を解き放つことができないのなら、自分が死ぬ時、身体すべてを手放さなければならなくなった時にどうなってしまうのだろうかと」 暗闇に落とされるような、予想もしなかった転機に1度は打ちのめされたウルリッチ。それでも、精神的に大きな痛手を負った事故ながら、命までは奪われなかったという肯定的な面に目を向けることができるようになりました。ウルリッチは今、心を解き放つという深遠な人生の学びの機会を得たとして、この事故を受け入れています。 「事故の影響で、身体、感情、心理、魂、あらゆるレベルで変化が起きました。自分の魂が鎧として築いてきた、それまで疑問にも思わなかった凝り固まった考えの多くを、この変化が打ち破ってくれたのです。それは自分をよみがえらせ、あらゆるレベルで以前とは違う自分にエネルギーを再び結集させる機会になったのです」 数年後にハワイへ写真撮影の旅に出た時のこと。ウルリッチは、人生を変える力がある、「不死鳥のような」ハワイの地形が宿す自然の力に惹きつけられました。その後何度かハワイを訪ね、ウルリッチは、自分が「この地の一部であり、この地は自分の一部である」と気づいたのです。ハワイ、それは肥沃で、生命が躍動し、彩りあふれる島。火山の噴火という力が働かなければ存在し得なかった場所です。隣り合わせる破壊と美しさに、彼の心が共鳴したのです。ウルリッチがそのことに気づくには何年もかかりましたが 。。。(記事全文は定期購読にてどうぞ)。。。「カメラを使うことは、人が世界ともっと豊かにつながれるように導く、内面の修行として捉えることもできますし、自分の疑問や、考え、発見を他の人たちと分かち合う機会としても捉えることができるのです」とウルリッチは言います。 ウルリッチの本には、学ぶのに遅すぎることはないという安心感が吹き込まれています。「自分自身のビジョンや声を見つけるのに年をとりすぎている、忙しすぎるということはありえません。誰に対してでも私はこう言いますね」と語ります。 そして、こう続けるのです。「私にとっての挑戦は、多くの人にとってもそうだと思いますが、好奇心、希望や[希望が感じられる]何かをしたいという感覚、『無知』の感覚を持ち続けること。わかったと思った途端、私たちは多くの可能性を閉ざしてしまうのです」 みな手探りなのです。グレイス・ロジャース (Grace Rodgers) は、フリーランスライター、写真家。デイビッド・ウルリッチの著書「(仮題:禅カメラ~創造力の目覚め:日々の写真実践で目覚める」はワトソン・ガップティル (Watson-Guptill) から出版。Zen and the Art of Seeing • Grace RodgersPhotography informed by Buddhist practice

正しく、賢く食べる

食と農について考え直す私たちのバックグラウンドや信念がどうであれ、食は私たちの文化やコミュニティの柱になるものです。それはおそらく今日のマルチメディアの時代ではかつて無いほど真実と言えるでしょう。テレビのプロデューサーは、ベーカリーのコンテストから有名シェフの最近のお騒がせな言動まで視聴者を惹きつける最新の料理の秘訣で競っています。新聞の日曜版には広まっている他のどんな流行にも負けじと新しい料理の派手な写真を載せています。携帯の利用者は皿に乗っているものの画像をオンラインに投稿することに、食べるのと同じくらいの時間を費やしているようです。 しかしそういった虚偽を全てそぎ落とし、私たちが食べているもの、それがどのように作られているのか、また私たちの地球との関係性、そして私たちのお互いの関係性が問題なのです。このような理由から、私たちはリサージェンス・エコロジスト誌の今号の多くを食と農に充てようと決めました。 世界の多くの他の地域と同様、イギリスでは食と農業のシステムについて再考する必要に迫られています。食の活動家であるヒュー・ファーンリー・ウィッティングストールはメインインタビューで私たちがなぜ持続不可能レベルの食肉生産と消費から離れて、より野菜中心の食生活に移る必要があるかを述べます。そしてスー・プリチャード (Sue Pritchard) は私たち個人の倫理的な、ライフスタイルの決断は重要である一方で、現在の政治情勢(特にイギリスのEU脱退の余波)が意味しているのは、政策担当者が筋の通った食と農の新しい政策を生み出すチャンスを掴まなければならないと主張します。ハーバート・ジラルデ (Herbert Girardet) は田舎と都市の両方で、食の生産と分配の再生可能なアプローチの必要性を思い起こさせますが、一方で今号の他の寄稿者は近代の「アグロインダストリー」のダメージが野生生物と田舎に及ぼされており、それを後戻りさせるステップが必要だと述べます。 今日、多くの人が依然空腹にある中で、私たちは地球の大部分を、持続不可能な形で環境にダメージを与える食の生産に変えています。裕福な国のためです。このことは、食品ロスや発展途上国と言われる国々での食の貧困と相まって、私たち全員の恥辱であり、また、より優れた社会正義と環境正義への発奮材料となるべきです。サティシュ・クマールはこのことを定例の選択肢コラムではっきりと述べます。また、新しいリサージェンス・ヴォイス (Resurgence Voices) のポッドキャストの最初のエピソードでも彼の話を聞くことができます。 こういったこと全てが過度に立派に聞こえるとしたら、そうではないのです。食は、その生産と消費の中で、私たちと自然の関係性を明らかにする手助けをしてくれるものです。仏教の師であるティク・ナット・ハンは過去にこのように言ったことがあります。「あなたが本当の意味で一切れの人参と触れ合えば、土や雨、日光とも触れ合うことになります。そして母なる地球と触れ合い、本当の命や自分のルーツと接するような感情を持って食事をすれば、それは瞑想です。そのように食事の一口一口をよく噛めば、私たちは感謝の気持ちを持ちます。感謝していれば、幸せなのです。」 ヴァージニア・ウルフはこのように言い換えます。「誰しも正しく食べていなければ、正しく考えることも、正しく愛すことも、正しく眠ることもできません。」そこで今号では私たちと食べ物、そして食べ物を生む土との関係性を謳歌する記事を載せています。 また他のページには、食関連でない読み物も豊富に載せています。ローズマリー・クルーニーの挿絵の付いたベン・オクリの短編は神秘的な美しさを放つ作品です。そして芸術と書評のコーナーは、スピリチュアルで知的な栄養に富んでいます。今回も十分に召し上がれ!グレイグ・ニールはリサージェンス&エコロジスト誌の編集長。(定期購読はこちらからどうぞ)Eat Well, Eat Wisely • Greg NealeRethinking food and farming

世界をわたるオペラ

ミュージシャンのデビッド・マーフィーは、ラヴィ・シャンカールの「Sukanya」(東と西の音楽の力を統一する画期的な試み)の進捗報告をします。 翻訳:沓名 輝政ラヴィ・シャンカール (Ravi Shankar)、偉大なインドの シタール奏者 は、最も影響力のあるミュージシャンのひとりでした。彼が影響を与えたのは、様々な人生を歩む人々、あらゆるジャンルの音楽のミュージシャンで、ジョージ・ハリスン、ユーディ・メニューイン、ジョン・コルトレーンやフィリップ・グラスなどの名前が含まれています。ラヴィ・シャンカールの音楽はすべての文化や世代の境界を瞬く間に越え、世界中に広がりました。 私は、2004年から2012年12月の彼の他界まで、ラヴィと多くのプロジェクトをする素晴らしい役得に恵まれました。これらのプロジェクトには、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでロンドン・フィルハーモニー管弦楽団と共演した彼の「シンフォニー」の世界初演があり、ソリストとしての彼の娘アヌーシュカと一緒でした。 私は、新しい作品を準備していたラヴィとのセッションを決して忘れないでしょう。彼の作曲は、ベートーヴェンの西洋古典の世界のように、創造的な「恍惚」に入ることでもあり、そこから彼のアイデアが溢れ出します。私は、これらのアイデアを紙の上に書き下し、西洋の楽器、インドの楽器と声で実現するようにラヴィと協働します。コンピュータ技術は、このプロセスに理想的でした。私が彼と一緒に仕事をしていた何年かの間に、技術が開発され、楽器音のコンピュータシミュレーションは、はるかに正確になりました(コンピュータがシタールのような音を出そうとして常に彼を楽しませつつ!)。つまり、私たちは試行できるということです。彼のアイデアの様々なオーケストレーションとハーモニーを用意して、彼の理想的な音に達するまで改善しました。 ラヴィ・シャンカールの最終的な芸術のビジョンは、世界初の東西オペラを創ること。人を楽しませ、高揚させる作品の中で両半球の音楽を楽しく統合しつつ、彼にとって非常に重要であったインド精神の要素を伝えることでした。私たちがこのことに焦点を絞ったのは、彼の「シンフォニー」の初演のすぐ後の2010年でした。「Sukanya」と題したオペラは、画期的な組み合わせで音楽、音、ビジョンの力を結びつけます。 私は現在、ラヴィのメモやスケッチ、彼の娘アヌーシュカと彼の未亡人、スカンヤ・シャンカール (Sukanya Shankar) の話から、作業を完了するところです。「Sukanya」のアイデアは、1995年以来ラヴィの心の中で芽生え、2010年以降ピークに達していました。 90歳の彼は時間に限りがあると考え、信じられないほど急速に音楽活動をして、音楽への思いで、創造的なアイデアの流れが湧き起こりました。彼は伝統的なオペラの型を壊す作品(インドと西洋との間の、音楽、ダンス、演劇の伝統の共通基盤を探る本当に画期的製作)のビジョンを持っていました。このビジョンを満たすためにラヴィは、インドと西洋のミュージシャン、インドと西洋の声、そしてインドのダンサー用に譜面化したオペラを明確に心に描きました。彼は映画や視覚イメージに魅了され、電子投影によって「Sukanya」の視覚的要素を強化しようと構想しました。 「Sukanya」は、マハーバーラタの物語に基づいています。台本は、インドの作家アミット・チャウドゥーリー (Amit Chaudhuri) です。楽しくて手に入るもの、人生後半の愛の発見に関するもの。また、人生と愛のラヴィ・シャンカール自身の経験に関するものです。 物語の中で、若い男 Chyavanaが、森の中で瞑想しています。彼の瞑想は、アリが彼の周りに巣を作り始めるほど深くなります。何年も経過して、巨大な蟻塚が形成されます。 ある美しい春の日、Shryayati王は、春祭りのため、従者と森に来ます。彼のひとり娘 Sukanya は、蟻塚に気付き、2 つの宝石が内側から輝くように見えて、鋭い棒でそこを突きます。 蟻塚の内側から悲鳴があり、輝きが消え、Sukanya は恐怖で逃げます。王は巨大な蟻塚を調査。 Chyavana(今では偉大な賢人でとても高齢)が、下から現れます。彼は盲目にされていて、代償として彼はSukanyaとの結婚を求めます。 Chyavana の高い精神性を認めた王は、同意します。 Sukanya は、森の中で幸せに忠実に賢人と一緒に住みます。 ある日彼女は、アシュビニー神である、二人の美しく若々しい双子の半神によって発見されます。彼らは尋ねます「あなたは私たちのどちらかと結婚し、楽園に住めます。この老人と一緒にいなくて良いのでは?」 Sukanyaは夫への献身を強く思い、丁重に申し出を断りました。若い半神は再び話します。 「あなたのために話をまとめましょう。私たちがあなたの夫を私たちと全く同じハンサムな若者にします。次に、あなたのパートナーとして私たち3人から1人を選ばなければなりません。」Sukanyaは、このテストを受けることにしました。 若者は湖に彼女の夫を連れてくるよう彼女にお願いします。賢人、若い半神は同時に水に完全に身を浸します。彼らが再び姿を現わすと、Sukanyaには、全く同じ3人のハンサムな青年が見えました。ここから物語は様々な展開を見せます。全ては来たる世界初演の作品で明らかに! 晩年のラヴィ・シャンカールは、全く新しい音楽の領域を開拓しました。 Sukanyaは、例えば、インドの声によるパーカッション(コナッコル)の上に浮かぶ西洋スタイルのオペラのセリフでこれを表現しています。これは、絶対的に新しい独特な音の世界を作ります。足して全体が大きくなるように、東西の音楽を届けるというラヴィの目的を閉じ込めたような音です。 オペラの本質はラヴィ自身の言葉で要約できます。「Raga Sangeet として知られているインド音楽のしくみは、約2000年前のヒンドゥー教寺院のヴェーダ賛美歌という原点まで遡れます。全てのインド音楽の根源です。西洋音楽のように、インド古典音楽のルーツは宗教です。音楽で、自己実現へ向けた精神的な鍛錬ができます。音が神(Nada Brahma) であるという伝統的な教えに従うのです。このプロセスでは、個々の意識を宇宙(永遠不変の本質)の真の意味の啓示の領域に上昇させることができ、楽しく体験することができます。私たちのRagaは、この本質を知覚できる媒体なのです。」デビッド・マーフィー(David Murphy) は、バージン・レオン (Leon Barzin)、チャールズ・マッケラス (Charles Mackerras)、ラヴィ・シャンカールと協働している指揮者兼音楽監督です。オペラ「Sukanya」は2017年5月に開演。ツアーの全貌は、2016年初頭にロイヤル・オペラハウスやロンドン・フィルハーモニー管弦楽団により発表。詳しい情報は www.ravishankaroperaproject.org をご参照。購読登録はこちらからどうぞ。An Opera to Span the World • David MurphyBringing Ravi Shankar's last great project to life

リサージェンスを構築

年の最後の数ヶ月は伝統的に、棚卸しを考え、また、来る年の計画をする気になります。 2016年はリサージェンスが創立50周年を迎えますので、既に未来の計画だけでなく、過去のハイライトをいくつか確認しています。 そこは読者のみなさんとサポーターのみなさんに関わってもらうところです。 私が昨年、この雑誌の仕事を始めて以来、読者 – そして元読者 – からのコメントがいくつか心に強く残っています。 特に長年の読者の間では、この雑誌は、友人と同等(時を超え、元気づけ、気づきを与える)であるという感覚があります。しかし、元読者 – また、定期的な読者ではなく初めてこの雑誌に出会った人たち – の中には、リサージェンス&エコロジスト誌は、時代の変化の中で、その意義を維持できるか疑問視する人たちもいます。 どのように私たちは、これらの見方を調和させるのか?答えは、確かに、ホリスティックな原則に基づいて構築し続けることです。この原則は私たちの創設者に影響を与え、今日も鼓舞し続けているもので:平和と非暴力の原則、自律的で意味のある生活や社会正義と平等への人々の願望のためのローカリズムと尊敬の重要性、私たちの環境の重要性、自然との一体感の実現、そして、私たちの世界を調べ、反映し、美化する、全ての芸術を有り難く思うことです。また、私たちが取入れるのは、リサージェンスのメッセージを伝える方法の変化だけでなく、21世紀の新たな課題へ直面すること、自己満足で終わることのない課題です。 したがって、今号では、私たちが直面している主要な問題のいくつかに焦点を当てます。水の一連の記事は、環境と社会正義の間のつながりを強調しています。気候変動に関するパリ会議の準備としては、私たちが – ニュースや特集のページで – 検討しているのは、直面しているエネルギー問題のいくつかです。そして、世界中のニュースの見出しから消えることのない難民の写真を伴い、連帯を示すために、英国内のある1つの対応について、最前線のページで報告しています。また反響がるのは、クリスティン・トーミー(Christine Toomey)の報告にある同情の新たな方向性:人のために積極的な関心が反映されていなければ、個人の福利は十分ではありません。 どのページも適切に刺激的であることを願っています。具体的には、モンティ・ドン(Monty Don)のクラフトに関する基本理念ページの記事が、創造的なプロセスで見つけられる美しさと喜びを思い出させてくれます。芸術のページでは、有名な写真家セバスチャン・サルガド(Sebastião Salgado)が、そのキャリアのほとんどが紛争や大災害の年代記録者であった中で、いかに大自然の癒しのパワーを通じて自分を取り戻したか、また、彼の環境修復活動が、いかに彼自身の絵のように印象的かを語っています。新しい詩は、自然界のインスピレーションを思い出させてくれます。そして、過去の記事から選んだのは、グリーン活動家ペトラ・ケリー(Petra Kelly)、地球と持たざる人々のための活動家の声で、彼女の情熱と影響を与えた時代を私たちに思い出させるために戻ってきます。 全体的に見てみると、リサージェンス&エコロジストが表すもの、将来のために構築しているものを、私たちに思い出させる記事がたくさん。それでは、あなたの番です。あなたはどう思いますか?グレッグ・ニール編集者購読登録はこちらからどうぞ。Building Resurgence • Greg NealePlanning for the future of The Resurgence Trust

あの悪夢を忘れてはならない

未来のエネルギー政策に原子力がやはり必要だという声が原子力推進者たちから上がる中、人間を死に至らしめる極めて危険な負の遺産、放射性廃棄物集積場をフレッド・パース が訪ねます。翻訳:浅野綾子こんな場所は世界のどこにもありません。この地球上で最も密集した放射性廃棄物の山が、カンブリア海岸に匿われています。そのほとんどが、安全処理ができずあるいは廃棄場所がないために何十年も廃棄されずにいたものです。 8年前、イギリスきっての科学者たちが、英国王立協会の場において、この廃棄物貯蔵の一つ(世界最大のプルトニウム貯蔵)を「深刻な安全保障上の危険」と称しました。ほんの数メートル離れた場所に、ヨーロッパにおける最も危険な工業用地の2つと呼ばれる、別の2つの廃棄サイロがあります。こちらに貯蔵されているのは、再処理作業から集められた高熱を発する高濃度放射性廃棄物で、北イングランド中に広域放射能汚染を引き起こす危険性を帯びたものです。今お話した放射性廃棄物、これは60年ほど前にこの地で起きた世界初の大きな原子力火災事故の残骸が密封されたものとは別のものだと前置きしておかなくてはなりません。 セラフィールド(かつてウィンズケールとして知られた)は、イギリスの忘れ去られた核の悪夢。テロリストからの攻撃、地震や電源喪失という絶え間ないリスクに晒されています。政府ですら、セラフィールドの解体完了にはどうみても1000億ポンド近く、1世紀以上かかるだろうと認めているのです。 この12月、パリで気候変動についての会議があり、化石燃料を燃やすことで排出される温室効果ガスを抑えるための取り決めがなされようとしています。その際、原子力推進者たちから交渉出席者たちにこのような働きかけがなされることでしょう。原子力は、地球を温暖化の熱で丸揚げにすることなく、電気の明かりを灯しながら、低二酸化炭素の未来を切り開くことができるのだと。気候変動を前に、環境運動をしている人たちの中でも、今や原子力の未来における利点を再評価する必要があると信じる人たちがいるのです。 しかし、原子力を本気で推し進めるのなら、稼働した際に残る危険極まりない負の遺産を処理できるということを確実に示さなければなりません。セラフィールドが残した爪痕は、原子力推進者たちがまだその処理作業にも辿りついていないことを証明しているのです。処理完了まで程遠い状態であるのに、まだ負の遺産を増やし続けているのです。 ウィンズケールは、原爆製造工場としてスタートしました。原子炉ではプルトニウムを生産するために、ウラン燃料に放射線照射が行われました。そして、硝酸液の中で分解する再処理と呼ばれる方法でプルトニウムが抽出されていました。 こうした核複合施設(イギリス政府が強調するところでは、直近の町から80キロメートル以上離れて置かれている)は、1940年代後半に建設ラッシュとなりました。財政破綻したイギリスは、戦後のアメリカによる原爆製造の機密事項(原爆製造に携わった科学者たちも手伝って暴露されましたが)を知ることが許されませんでした。建設された原子炉も急いで稼働されました。アメリカの優れた原爆製造技術に追いつこうとする必死の努力がイギリスをプルトニウム生産に手を出すという窮地に追い込み、1957年のウィンズケール火災を招いたのです。 炎は放射性の雲を放ち、100人あるいはそれ以上の人が死亡したと推定されます。そして、放射性の雲はウィンズケールに最初の極めて危険な負の遺産を残していきました。焼け焦げて曲がった燃料15トンを含め、密封された燃えた原子炉のがれきは以来手つかずで放置されています。封をはがすことで再び発火するとも限らないからです。廃炉作業は2030年代まで延期されています。 事故当時、イギリスは発電のために大規模な原子炉建設計画に着手した世界初の国でした。原子力発電所は、タービンを回転させるために原子炉で作られた大量の熱を使いました。使用済み燃料は、プルトニウム抽出が続けられていたセラフィールドに送られました。一部のプルトニウムは原爆製造に使用されましたが、計画の進んでいた次世代原子炉の燃料として、次第に取り置かれるようになっていきました。 70年代、80年代と、イギリスはセラフィールドを主要な国家収入源とする大型計画を立てていました。使用済み核燃料の再処理において世界の中心地になろうという計画でした。日本やドイツなどの国々で使われていた使用済み核燃料を新しい核燃料に作りかえようとしたのです。しかし、その決断によって問題は急増していきました。 第一に、再処理技術が不十分でした。何十年もの間、故意にあるいは誤って、セラフィールドは放射性物質を上は煙突から大気中へ、下は排出管を通してアイルランド海へと放出していました。結果として今日、大量の放射性のプルトニウムとアメリシウムが周辺地域の海岸の泥の中に溜まっています。堀り上げれば大抵、ドリッグにある放射性廃棄物貯蔵所に埋められなければならない低レベル放射性廃棄物とみなされるものです。このスキャンダルもあって、イギリスは原子力から離れていきました。 しかし、最大の危険はセラフィールドの敷地内にあります。周囲に放出された量とは比較にならない程の放射性物質が貯めこまれているのです。現在の敷地管理者である、原子力廃止措置機関 (Nuclear Decommissioning Authority) が最重要視し続けているのは、荒廃が進む4つの建物に貯蔵されている、過去の大失策と費用の出し惜しみのためにもたらされた危険極まりない負の遺産です。この原発事故による負の遺産は、闇に包まれたセラフィールドの核心なのです。 建物のうち2つは露天のプールで、それぞれ150メートル以上あります。プールにはセラフィールドに送られた使用済み核燃料が保管されていますが、管理上のミスが重なり腐食がおこるまで再処理がされなかったため、再処理ができなくなってしまったものです。2つのプールには、この腐食した燃料が一杯で、ほとんどが40年以上もそこに置かれています。腐食した燃料は数百トンの放射性汚泥を生み、プールの底に波をうったように沈んでいます。 一方の2つの建物は大きなサイロで、建物の外装として知られる核燃料容器が1950年代から捨てられ続けています。この廃棄物も腐食しており、水素が発生して常時火災の危険があります。 この2つの建物はずっと前に取り壊されるべきだったもので、今では放射性の液体が土中へと浸みだしています。それぞれの建物を空にして安全にするためには各々数十億ポンドかかるでしょう。建物廃止作業の一部は始まっているのですが、新たな問題が現れてはスケジュールが遠のくということを繰り返しています。今年早い時期に、これら建物の廃止完了予定が5年先の2030年に延期されました。 使用済み核燃料を冷却タンクの中に入れたままにしておくことは良いことではありません。しかし、廃炉プロセス自体がより多くの問題をむしろ生み出しているのです。ここにセラフィールドが抱える3つ目の問題が横たわっています。再処理によって生まれたものをどうするかという問題です。再処理によって生まれたものとは、新しい核燃料として作りだされたプルトニウム、お よび再処理で残った高濃度の放射性廃棄液のことです。 セラフィールドにおける民間の再処理事業は、世界は原子力の時代になるという想定に基づいていました。しかし、アメリカのスリーマイル島やウクライナのチェルノブイリでの事故の結果、世界は原子力への欲望を失いました。イギリスにおいてもそうでした。新しい核燃料を供給する、使用済み核燃料再処理の市場は需要を失いました。再処理事業のために政府により創設された 英国核燃料会社 (British Nuclear Fuels) は財政破綻しました。セラフィールドはプルトニウムを抱えて行き詰ったのです。 その結果として、今日、セラフィールドのどこかに建物があるのです(どこにあるか聞かないように。彼らはそれを教えてはくれないでしょう)。民間業者による世界最大のプルトニウム貯蔵のある建物が。全部で120トンもの量です。このプルトニウムは、二酸化プルトニウムという粉状のもので、放射性物質を降らせる原爆製造にすぐにでも使えるものです。2011年、英国王立協会はこのプルトニウム貯蔵について、「深刻な安全保障上の危険を投げかける」ものであり、「核不拡散の議論の中で、イギリスの信用に傷をつける」ものだと発言しました。安全管理のためには、1年で1億ポンドもの費用がかかると言われています。 高熱を発する高濃度放射性廃棄液は、プルトニウムと比べて少しもましなものではありません。それぞれ海上用貨物コンテナの2倍の大きさがある、一連のステンレスタンクに収められ、長らく非常に危険なものと認識されてきました。ずっと以前の1976年、英国王立環境汚染委員会 (Royal Commission on Environmental Pollution) は、タンクの冷却システムに何等かの支障が生じれば、タンク内の液体が数分のうちに沸騰し、カンブリアの空に物凄い量の放射性物質が放出されるだろうと警告しています。タンクの中身には、1986年におきたチェルノブイリの惨劇でヨーロッパ中に広がった放射性セシウムよりも多くのセシウムが含まれているのです。 誰もこんなに大量の高濃度放射性廃棄液を貯蔵しようと考えていたわけではありません。再処理で出た液体は、ガラス固化処理と呼ばれる手順でガラス内に密封され、速やかな安全処理がなされることを想定しているのです。しかし、度々の費用削減や、機械の故障で計画が頓挫しています。セラフィールドは、何十年にも渡り、未処理の廃棄液の山を積み上げているのです。 2001年、処理作業の遅延に業を煮やし、労働安全衛生庁 (Health and Safety Executive (HSE)) は、2015年にはタンク内の廃棄液の体積を1575㎥から最大200㎥に縮小するよう命令しました。しかし、2015年1月、早くも期限が近づき、同庁から業務を承継した原子力規制局 (Office for Nuclear Regulation) は、この決まりを放棄しました。ガラス固化体作業の遅れが増加したため、もはや現実的ではないと言ったのです。 セラフィールドにおける再処理事業は10年後に終了の見込みです。いかなる目的での操業も止めてからかなりの時間が経っています。未来の使用済み核燃料は、長期的に安全な地中への埋設処理がなされるまで貯蔵されるでしょう。しかし、これはくすぶり続ける議論を再燃させることになるのです。途方もなく危険な放射性廃棄物を最終的にどこに置いておくのかという議論です。この放射性廃棄物は、半減期【放射性物質が放射線を出すことによって、その量が半分になる時間】が数万年という放射性核種を含むのです。廃棄場所は、地下少なくとも3,000ヘクタールに広がる広大な地雷埋設地帯となるでしょう。 50年近くも、埋設場所が提案されてきました。ほとんどがセラフィールドの近くです。当然のことながら、誰もこのようなものを自分の家の庭には置きたくないわけです。カンブリア州議会は4年前に提案を拒絶しました。埋設場所が見つかり操業されるまでは、セラフィールドが片付けられ安全になることはあり得ません。 そうこうしている内に、地中深く埋設しなければならない放射性物質の貯蔵は増えていきます。使用済み核燃料や再処理副産物と同様に、イギリスにおける第一世代の原子力発電所原子炉取り壊しから出る放射性がれきも次第に夥しい量になるでしょう。現在、12個以上の原子炉の取り壊しが棚上げされています。 イギリスは、第一世代の原子炉の廃炉作業を100年先に延期することを決定しています。表向きには、いくつかの放射性核種は早く崩壊してなくなるため、残り(扱いの最も厄介なもの)が扱い易くなると説明されています。真の理由は廃炉費用を遠い未来へ先送りするためだと多くの人々は理解しています。 他の多くの国々も同じような問題に直面しています。世界には廃炉待ちの民間原子炉が140以上もあり、数百がそれに続くことになるでしょう。原爆製造と再処理事業による危険な負の遺産を抱えている国々もあります。例えば、アメリカでは、テネシー州のオーク・リッジ (Oak Ridge) や、ワシントン州のハンフォードに主要な核施設があり、セラフィールドと類似した貯蔵があります。しかし、これらの用地は、セラフィールドよりも数百倍も大きく、汚染リスクの扱いや解体作業はセラフィールドよりも何倍も容易でしょう。ロシアにも同じような場所があります。 多くの国々が放射性廃棄物を上手く処理したいと思っています。滞ることなく核の負の遺産を処理できることを示したいのです。しかし、イギリスは違います。4年前、クリス・ヒューン氏がエネルギー気候変動大臣であったとき、同氏はイギリスが放射性廃棄物に対して逆の姿勢を長い間とっていたことを認めました。英国王立協会にこう言ったのです。「核のゴミが溜まり始めた時、我々はそれがなくなってくれるよう祈った。」と。私たちは相変わらず同じことをしているのです。 イギリスのような問題を抱える国はほとんどありません。カンブリアの海岸にそびえ立つフェンス裏。この場所よりも酷い問題(問題の否定と言ったほうがよいのかもしれません)を抱える所、それは世界中セラフィールドをおいてほかにどこにもないのです。フレッド・パース (Fred Pearce) はフリーランス科学環境ジャーナリスト。同氏の最新刊は、「The New Wild: Why Invasive Species Will Be Nature’s Salvation(なぜ侵略的外来種が大自然による救世主となるのか)」。購読登録はこちらからどうぞ。The Nightmare We Should Not Forget • Fred PearceAs the nuclear debate continues, Fred Peace visits Sellafield and discovers its lethal legacy